カンボジア国旗

シェムリアップ


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タ・プロム

タ・プロム

ジャングルに飲み込まれそう : タ・プロム西門

 1860年、インドシナを旅行した博物学者アンリー・ムオの報告書から、アンコール・ワットの近代が始まりました。その後カンボジアを植民地(1887〜1953年)としたフランスは、遺跡の研究と保護そして修復事業を押し進めました。(それはカンボジア独立後の現在も続いています)



タ・プロム

大樹に飲み込まれそうな、タ・プロムの回廊です

 修復は、『原初の姿に戻す方向で整備するが、いくつかは自然のままに放置する』ことにしたそうで、その対象の一つがここ"タ・プロム"。発見当時の面影を今も残す、貴重な場所となっています。当局者の粋な計らいに「感謝」です。



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ニャック・ポアン

 私の大好きな遺跡、「絡み合う大蛇」と言う意味を持つ"ニャック・ポアン"。丸い小島を映す池は、まるで遺跡群の瞳のようで一目で気に入ってしまったのです。調べて判ったのは、ここも又『自然のままに放置する』遺跡の一つに指定されていたこと。当初中央祠堂を覆っていた大樹が台風で祠堂もろとも倒れたため、現在見られる形(原初の姿)に修復されたそうです。

ニャック・ポアン

ニャック・ポアン

 70m四方の中央池の各辺には、水の受け口(それぞれ象、牛、獅子、人の顔)が付いた小池が設けられています。読んだ本の解説をまとめますと、『中央池は、病を癒す不思議な水をたたえる伝説の湖Anavatapta。四方に流れる水は、地球上の4つの大河。池に浮かぶ小島は、来たものの罪を清める聖なる島』だそうです。"瞳"というより"宝石"のような遺跡ですね。



 今回もこの眺めを期待してきたのですが、乾季も終わりの時期とあって池は干上がり少しも神秘的ではありません。でもその代わり、小島まで歩いて渡れました。途中にある馬の彫刻は神馬ヴァラーハ。救いを求める人々をしがみつかせ、島に向かって飛ぶ姿を表しているそうです。

ニャック・ポアン

乾季のニャック・ポアン
神馬ヴァラーハ

観世音菩薩の化身、神馬ヴァラーハ
体にしがみついているのはシンハラ達です

 神馬Balahaにはこんな伝説が残されています。『難破して人食い鬼の住む島に流れ着いたシンハラと仲間は、美しい女性に化けた鬼達に捕まった。彼らを夫としその後で食べるつもりだ、と知ったシンハラが困り果てていると、馬が現れ向こう岸まで運んでくれると言う。言われるままにしがみつくと、馬は天高く飛び、彼らは難を逃れた。馬は常日頃からシンハラが崇めていた観世音菩薩の化身であった』。

 これには後日談があって、『シンハラ以外の人々は島に辿り付けず(人食い鬼達に連れ戻されて)殺された。生き残ったシンハラは後に軍隊を組織して人食い鬼を退治し、島の王になった。この島(スリランカ)は彼の名をとって、Simhaladvipa(シンハラの島)とも呼ばれている』。

 「ワォ!」、伝説の島はスリランカだったんですか、これは勉強になりました。



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アプサラ競演

 各寺院では様々な姿態のアプサラや女神が、その美を競っています。でも、未だに判然としないのがデバータ(女神)とアプサラ(天女)の区別です。"アプサラ(ス)"で統一してあるガイドブック、"デヴァタ"と記しているもの、両者を使い分けしている本、と色々あって混乱は深まるばかり。「女神でも天女でもどちらでも良い」のかもしれませんが、やはり気になります。

バイヨンのアプサラ

ハスの花の上で踊るアプサラ : バイヨン回廊

 調べてみますと、『アプサラは神々を楽しませる天上界の踊り子(まるで北朝鮮の"喜び組み"?)で、人間界と自由に行き来できる能力を持ってはいるが神ではない』とあります。クメールの人々は彼女達を下界に招き、神様の地上での住まい、寺院の装飾になってもらったようです。



女神達

 それでは女神はどうなのでしょう。ヒンドゥー神話では『シャクティ(性力)信仰が盛んになるにつれ女神の数も増え、破壊の女神カーリーやドゥルガーが広く崇拝された』とあります。数あるヒンドゥーの女神の中で日本人に良く知られているのは、乳海攪拌で生まれヴィシュヌの妃神となったラクシュミー。後に彼女は仏教に取り込まれ、美と幸福を授ける吉祥天(きっしょうてん)として日本に渡って来たのです。そう言えば浄瑠璃寺の吉祥天、美しいですよね。

タ・プロム

タ・プロム
アンコール・ワット

アンコール・ワット
トマノン

トマノン

 ここに並べた顔、顔、顔。豪華な髪飾りに装飾品、細部まで丁寧に彫られた全身像からは、神々しい品の良さが漂ってきます。"アプサラ"(女官や踊り子)とは思いたくない彼女達を、ここでは(根拠はありませんが)"デバータ"と呼ばせてもらいます。



アンコール・ワット

アプサラ群舞 : アンコール・ワット



トマノンのデバータ

トマノン

彼女の雰囲気、良いですね
トマノン

彼女も上品な顔立ちでした

美しいデバータが見られる、穴場トマノンは、
アンコールトムの東門、"勝利の門"を出て少し走った左手にあります



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ベン・メリア

 ミャマンーからの帰り、タイから陸路でシェムリアップに入り、6年ぶりにチェンラGHに行ってみると、かつての素朴な民宿が立派な白亜のビルに建て替えられていたので驚きました。でも、従業員だかバイクの運転手だか判然としない輩が出入りし、日本人女性客にべたついているのは従来どおり。それを許してきた(好む?)日本人サイドにも問題があるのでしょうが、最近この町で増えている日本女性強姦事件の根っこを見るようで気が重くなりました。

 以前は、僕ちゃん達の売春宿通いが取り上げられていましたが、今は女性の強姦(和姦?)問題。かつてバリ島で見聞きしたことが今この町で広がっている、何だかやりきれない気持ちです。本人達の自由意志ではありますが、それが日本人の国際的評価につながります。海外に出たら一人一人が外交官、「こちらが強く出れば日本人は引っ込む」なんて諸外国に思われないよう、旅先では毅然とした態度でいましょうね。

ベン・メリア入り口

地雷撤去開始日の看板がある、遺跡の入り口

 遺跡と関係のないことを長々書いてしまいましたが、今回シェムリアップに立ち寄ったのはクーレン山に行きたかったからです。案内がフロントに貼ってあったので早速聞いてみると、「ベンメリアなら欠員が出たので明日参加できるが、クーレン山は希望者がいないので無理」とのこと。仕方ない、ではベンメリア遺跡に行ってみましょうか。



 翌朝ミニバスに乗り込み東に走ること2時間半、車を降り地雷撤去開始の看板にドキッとしながら歩いて行くと、何時の間にか子供達が集まってきて、案内するかのように崩れた石組みの間に消えていきます。どうやらここ(遺跡の南回廊部分)から入るようですね。

入り口のレリーフ

三つ頭の神象に乗るインドラ神
ベン・メリア

崩壊した寺院内部

 入ってみると右手に原型を留めた建造物(南経蔵)がありましたが、子供達は左手の大きな壁の中に私達を誘います。インドラ神のレリーフはこの門の上にあったものです。この壁から中の崩壊は半端じゃない。よじ登り滑り降り飛び移り・・・、と探検気分で奥に進みます。崩れて小山のようになった中心部を通過、回廊を伝うようにして北側の経蔵の前に出ました。

 内部ほど崩壊が進んでいないこの一角は、ジャングルが近くまで迫って薄暗く静か。今までの道のりが大変でしたから、やっと一息つける感じです。この経蔵は屋上に登れるようでしたが、怖いので止めておきました。ここからまっすぐ南に向かうと、入ってきた場所に出ます。一度外に出て外壁沿いに東へ歩くと、ナーガの残る東門が見られます。デバータもいましたよ。



蛇足 : ゲストハウス名チェンラは、6世紀の中国の史書に出てくる古代カンボジアの名称


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