中国国旗

中国


Button to English Versionto English Version

Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ

王建墓

唐滅亡後の戦乱期、この地に前蜀(907−960年)を興した王建(847−918年)の墓

 門を入ると正面に"永陵"のこんもりとした墳墓が見えます。ガイドブックに「12人の力士が並ぶ」とあったので、どんな様子なのかと興味津々で墓室内に入りました。 中は前後3室からなっていて、一番広い中室には巨大な石棺が置かれています。いつもながら一人でお墓の中にいるのは何となく薄気味悪いのですが、幸いここは係員の説明つき(もちろん中国語ですが)。見学者と着かず離れずで見て歩きました。



24人の技芸天と12人の力士達

王建墓
 ここの見ものは、石棺に施された各面6体ずつ、合計24人の技芸天の浮き彫り。

 琵琶・竪琴・笙・篳篥(ひちりき)?・鞨鼓(かっこ)・ほら貝・シンバル・琴・小太鼓・小鼓・横笛…、等など22人の奏者と2人の舞姫。

 多少摩滅はしているものの、演奏している様子はしっかりと判別できます。力士さんの前の横笛を吹く舞姫、おわかりになりますか?

 この発見は("永陵"は1961年の発掘)、当時の楽器・演奏法・服装など中国音楽史上の貴重な資料とか。

 "永陵"に隣接した陳列館では、出土遺物と共に彼女達の写真一覧も見ることが出来ます。



 お目当ての力士さん達は、どちらかと言うと軍服をきた兵士風。左右に6人づつ、ひざの上に石棺を乗せるようにしてお墓を守っておりました。



王建墓案内

開館時間 : 08:30〜18:30

入場料 : 2元 、 永陵 : 15元


Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ

杜甫草堂

 王建墓から杜甫堂へもタクシーで移動したのですが、このTAXIの運転は体当たり的で乗ったとたんに助手席に座ったのを後悔したものです。草堂へのくねくねとした路地では荷車や通行人を轢きそうで、ヒヤヒヤ・ハラハラし続け。門の前で降ろされたときには、「命拾いをした」気持ちにさせられました。アー、疲れた。

 もっと鄙びた場所かと思っていましたが、観光客が引きもきらない"杜甫草堂"。 門をくぐった途端、良い匂いに誘われて右側の茶店に。空腹だったので、100円ほどのお弁当で腹ごしらえをしてから見学を始めました。でも、「ここが入り口かな?」と入ってみると土産物店だったりして、どこに"竹林の中の庵"とやらがあるのやらわかりません。再度入り口の地図を見てみると、なんだ"草堂"は敷地の左奥にあるんじゃありませんか。

杜甫草堂

杜甫 (712〜770年)
 国破れて山河あり、

 城春にして草木深し




 安史の乱(755−763年)で、長安に軟禁された時の杜甫の嘆き。

 長い浪人生活の末やっと任官がかなった、彼に降りかかったクーデターとその後の放浪生活。

 日本人が彼の詩を愛するのは、その不遇な生涯が隠し味としてあるからかもしれませんね。


 その流浪の悲劇詩人が、「生涯で最も心穏やかに暮らし、200篇以上の詩作をした」と言われている成都での4年間。それを静かに偲ぼうと思っても、彼は本国でも愛されているようで、復元された"庵"の周辺は団体客、家族連れで溢れている。かつて玄宗皇帝に仕えた彼が、"小皇帝(一人っ子政策の中国での、子供の別名)"の椅子役とは ! 困惑気味で微笑ましい、現代の杜甫さんの姿でした。



杜甫草堂案内

時間 : 08:00〜18:00

入場料 : 5元 、 杜甫草堂 : 25元


Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ

武侯祠

 ご存知「三国志」の名宰相"諸葛孔明"。彼の「天下三分の計」により劉備らが建国した蜀は、成都を擁する四川盆地を中心とした地域を指します。この史跡は孔明を祀る"武侯祠"と言われていますが、最初は劉備のお墓に付随した"昭烈祠"だったようですよ。その人気が主君を上回ってしまって、お堂の中の孔明さんはハラハラしているかもしれませんね。

武侯祠

彼のお堂は主君劉備に遠慮して

"昭烈祠"の背後、一段低い所に建てられています



武侯祠の入場料 : 30元


Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ


「中国編」の続き (西安へ)


中国国旗

「中国編」に戻る
日本編

「日本編」に戻る
海外編

「海外編」に戻る

Valid HTML 4.01 Transitional