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ここからは1996年10月のドイツ再訪編になります。

ドレスデン

 かつてはヨーロッパの「花」にもたとえられ、バロック様式の数々の建築物と文化を誇ったドレスデン。1945年の連合軍による大空襲でほとんどの建物を破壊され、同時に多くの市民の命が奪われたと聞きます。

街の眺め
劇場

聖十字架教会の塔からのドレスデン

煤あとが目立つバロック様式のオペラ座

 駅周辺には広場(空き地)が目立ち、エルベ川近くの歴史的な建物には爆撃時の火災による煤のあとが痛々しい。旧王宮の再建や大聖堂の修理など街には大型クレーンが目立ち、戦後処理の真っ只中のような印象を受けました。



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「ツヴァインガー宮殿」

 私は焼き物、特に古い染付け磁器が好きなのでこの宮殿の陶磁器のコレクションは楽しみにしていました。九州にあるテーマパークは確かこの宮殿の磁器の部屋をモデルにしたと記憶していますが、関係者の方違っていたらごめんなさい。

大聖堂
 中世のヨーロッパで磁器は金や宝石のように珍重され、17世紀には多くの伊万里が海を渡っていきました。

 皿や壷達はこちらにくると壁一面にはめ込まれたり、金で縁取られたり、きれいな蓋や脚をつけられたりして王侯貴族の部屋を飾ったようです。

 壊れやすい焼き物達が3万人以上もの死者を出したというあの空爆の中でも人々に守られ、今日も鑑賞が出来るという事実に感謝の気持ちで一杯になりました。




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ベルリン

 ドレスデンを8:29にでた列車は2時間ほどでベルリン近郊の駅リッテンブルグに着きました。ここから電車を乗り換えてベルリンの中心でもある Zoo駅(文字通り動物園駅)に向かいます。都心の一等地を走る車窓からは、かつて東西を隔てた「壁」の跡なのでしょう、帯状に続いた空き地が目立ち、日本の都会風景と引き比べ異国を旅している感を強く持ちました。

「カイザー・ウィルヘルム教会」

 この教会は広島の原爆ドーム同様、戦争の悲惨さを後世に伝えるため砲撃を受けた当時の姿でここ動物園駅の近くに建っていました。

カイザー・ウィルヘルム教会
 この写真を撮っていた時、新聞紙を持った数人の子供たち(小学校低学年ぐらい)に取り囲まれました。構図を考えながらうろうろしていたので無防備だったのでしょうが、突然なのでビックリ。左手に新聞紙を持ち、右手を「お金をちょうだい。」とのばして近づいて(包囲して)くるのです。

 正面の子どもと応対しているとそれ以外の子が新聞紙で隠すようにしてポケットの中身を狙ってくる。小さい子ども達だからとたかをくくっていましたが、振り払っても振り払っても付きまとうその姿に最後には不気味ささえ覚えました。


 地下鉄の入り口付近でたむろするネオナチ風の若者達といい、統一後の東独の人たちの生活の苦しさと迷いを感じたような気がします。

 そういえばドレスデンの民宿も、旅行者を泊めてお小遣い稼ぎをしている年金生活をしている老婦人の家でした。世の中が落着かないと弱い立場の人たちが苦しい思いをしますよね、どこの国でも。




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ペルガモン博物館

 かつてドイツ帝国の首都として繁栄を誇ったベルリンには数多くの博物館、美術館があります。是非足を運んでいただきたいのは、東独側のシュプレー川の中州「博物館の島」と、西独側のシャルロッテンブルグ城周辺です。

 「博物館島」にある博物館中の白眉はここ。現在のトルコにある ペルガモン遺跡(ベルガマともいいます) の出土品などを展示した博物館、ということなので期待に胸を膨らませて出かけたのです。

 でも館内に入った途端、心の中で誰かが声にならない悲鳴をあげました。

ベルガマ美術館内部
 あのベルガマにあるべき神殿がそっくりここに移されているのです。確かに都会に持ってきた方が多くの人がその文化に触れることが出来るかもしれません。でも遺跡の建造物はその土地にあってこそではないですか。

 遺跡は空気も風も太陽も、その土地の雰囲気も全部含めての総合的な文化遺産です。それらから切り離され、一人でこんな建物の中に入れられてしまったなんて、神殿がかわいそう。


 駄目押しのようなショックを受けたのが隣室の ミレトス遺跡市場の門と、その隣のバビロニアのイシュタル門。「やはり野におけレンゲ草」、故郷に帰してあげたいものです。



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シャルロッテンブルグ宮殿

 もう一個所博物館が集中しているのが西独側のここ、シャルロッテンブルグ宮殿の周辺です。エジプト芸術の名品、「王妃ネフェルティティ」の胸像をおさめるエジプト博物館もこのエリアにありますのでお見逃しなく。

シャルロッテンブルグ宮殿
 以前何かの本で見た、陶磁器と鏡でおおいつくされた部屋が忘れられずいつか行ってみたいと願っていました。でもドイツのどこかの宮殿という以外手がかりがなく半分はあきらめていたのですが、

「あった!」

 「ポーセリン・キャビネット」と記憶していたその部屋がまさかここにあったとは・・・・。同じ宮殿内の部屋が爆撃で貴重な天井画が破壊されたとか聞くにつけ、この部屋が無傷で残ったことが奇跡のように思われます。


 ただ宮殿内のこの部分はガイド付きの見学のため、ゆっくり見ていられません。せっかく「会いたい」と思っていた部屋に来ているのに写真も撮れなかったのが今でも心残りなのです。



ブランデンブルグ門

1990年10月3日、東西ドイツの統合を祝い

ベートーベンの歓喜の歌、「第九」が歌われたのがこの門の前です。

ブランデンブルグ門

ブランデンブルグ門



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