ドイツ国旗

ドイツ


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ここはどこ?

 1991年10月、モスクワでフランクフルト行きの飛行機に乗り換えホット一息。レンタカーを借りる手順などをおさらいしているうちに機は無事着陸。ところが何か様子がおかしいのです。いかめしい制服姿の係官に一人一人ボディ・チェックはされた時には

「本当にここはフランクフルト?」

 しばらくすると小柄な日本女性が情報を仕入れてきて、困惑している日本人乗客に説明してくれました。「ここはベルリンですって。乗客が少ないのでベルリン行きとフランクフルト行きの便を一つにしたみたい。」だそうです。崩壊直前のソビエトの国営航空会社アエロフロートではけっこうこんなこともありました。「さすがソビエト(?)」です。

 皆に説明してくれたのはドイツ在住?年というオペラ歌手のエイコさん。彼女に「ドイツ語がわからなくてもビッテという言葉を覚えておけば大丈夫。どんな時にもとても便利に使えるのよ。」と、教えてもらいました。これが本当に役に立ちました。ドイツ行きを考えてらっしゃる方、何はなくとも"ビッテ"だけはお忘れなく。




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古城街道−ハイデルベルク

 フランクフルトでレンタカーを借り、さあ出発。でも最初から道を間違えてしまいました。というよりこの国の道路、交差点のほとんどが立体交差ときています。初めての国、初めての左ハンドル・右側通行に戸惑っているうちに古城街道に向う道路を通り過ぎてしまいました。「あの道に行きたかったのに!」

ハイデルベルク

 Uターンをしてその道に戻るまで苦労しましたが、それでもなんとかハイデルベルクにたどり着きました。皇太子と町娘の恋を描いた「アルト・ハイデルベルク」で有名な学生の町。今回の旅の出発点です。

 上の写真はハイデルベルク城からの眺め。ネッカー川にかかる「古い橋」と街並みです。




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ヒルシュホルン

 ハイデルベルグからネッカー川沿いの道をしばらく走ると左手の丘にお城が見えてきました。この静かな街がヒルシュホルン。ドイツにきたら1泊はしようと決めていた古城ホテル、今夜の宿です。

古城ホテルよりネッカー川を望む

 この写真はホテルのベランダからのネッカー川の眺め。応接間付きの豪華な室内、生ハムがおいしかったバイキング形式の朝食込み、の料金が3人で1万円ほど(1991年当時です)なのですから、これは泊まらなければ損というものです。

 古城街道にはここ以外にもいくつか、お城を改造したホテルがありますので1度は泊まってみて下さい。満足されること請け合いです。




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ロマンチック街道

 ドライブ旅行を前提に設定されているともいわれる「ロマンチック街道」。女性の体のように優美な曲線を描く牧草地に整備された道路が延び、時々現れる教会の尖塔や明るいレンガ色の家々がアクセントになってドライブの醍醐味を満喫させてくれます。

 古城街道とは「中世の宝石」ローテンブルグで交差していまして、遠くにこの「宝石」の光が見えてきた時には興奮しました 「ヤッター!」

ローテンブルク
 ところがです、あれよあれよと言う間に横を通り過ぎて街は後方へ。Uターンしてみましたがまたもや通り過ぎ。3度目の正直でやっと街への標識をみつけたどり着くことができました。道路は街を迂回しています、標識を見落とさないで!

 身内の恥じ(?)をさらすようですが、母と妹は後ろの座席で「まだ着かないの」とのんきなことを言っているだけで地図もみてくれないのです。運転手は辛い。


 近代化の波に乗り遅れたためにかえって中世が残り、現代ではドイツ観光の目玉ともなったローテンブルグ。なぞなぞのような看板たちを見上げて歩くだけでも楽しい街です。この街に起こったことって人生にもありそう。「万事塞翁が馬」の世界ですね。



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中世犯罪博物館

通行証明書
 街を取り囲む「城壁」、擦り減った石畳、街のたたずまい、1年中クリスマス用品を売っている店など見所は多いのですが、最も印象的だったのが「中世犯罪博物館」。

 この街の秩序を維持するため支配者たちが使用した、手かせ、足かせ、首かせ、恥辱の面、貞操帯、そして拷問道具の数々。人間の残虐性と怨念がこもっているようで途中で「もう結構」と言いたくなるほどでした。

 でもここは是非見ていただきたい。こんな顔が隠されている、と知ってはじめてこの街の美しさ、「中世の宝石」と呼ばれるその背景が立体的に生きてくるのですから。


見学者にはこんな「通行許可証」が手渡されます。中世の香りを感じませんか?



駐車違反!

 翌日訪れたディンケルスビュールでは路上駐車をしたため、ワイパーに用紙を挟まれてしまいました。通りかかった人に尋ねましたら「駐車違反の罰金80マルク(約6,400円)を支払うこと」と書いてあるとか。

 その人は「旅行者だから払わなくても大丈夫よ」とも言っていたようですが、ドイツ警察のブラックリストにのり次回車が借りられなくなっても困りますので途中の郵便局で払いました。




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月光王の夢の城

 ロマンチック街道をアルプスに向かって走ります。10月下旬のこの時期、街道の終着、フッセンに近づくころには小雪が舞いはじめていました。ここは映画「神々の黄昏」の主人公、月光王ルードウィッヒ2世の建てたノイシュヴァンシュタイン城のある街です。

ノイシュヴァンシュタイン城
 翌朝、うっすら雪化粧をしたこのお城はお伽話のお城のような佇まいで私たちを迎えてくれました。

 その外観とはうらはらに、内部はルードウィッヒの孤独を体現しているかのようなガランとして寒々しい空間が広がっていて、彼の狂気と寂しさが時代を越えて伝わってくるような気がしました。

 「こんな所に住んでいたなんて王様もかわいそうだね」 (実際には住んでいたのではなく、100日程しか滞在しなかったようですが)

 とは母の感想ですが、これには私も同感。




ノイシュヴァンシュタイン城からの眺め

お城からホーエンシュヴァンガウ城とアルプ湖を望む



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ヴィース教会

 ロココ式の内部装飾が美しいこの教会を見学して、ロマンチック街道とはさようなら。そのままオーストリアのザルツブルグまで足をのばすことにしました。 3日間のザルツブルグ観光後、再びドイツに戻り最終目的地ミュンヘンへ。夜になるのを待ちかねて、有名なビアホール「ホーフブロイハウス」へ繰り出します。

ヴィース教会


 アルコールが入った母親は、周囲に居た人たちと肩を組んで歌い始め、2杯目のジョッキが運ばれる頃には怪しげな自己流ダンスまで披露して喝采(?!)を浴びています。子供のようにハシャグ彼女を見ながら・・・、「無事ここまで連れてこられて良かった」と感慨無量の気分でした。

 翌日ミュンヘン空港に2人を送り届け、10日間の母親孝行ドライブ旅行は無事終了。ここからやっといつもの一人旅の始まり。この時は分離直前のチェコスロヴァキアとハンガリー、オーストリアとイタリアを回りました。



 おまけは、帰りの飛行機が遅れたために宿泊せざるを得なくなった旧ソ連のモスクワ。ビザが無いため空港の裏口からモスクワ郊外の高官の別荘(らしい)へ直行。翌日は20ドルでクレムリン見学ツアーに参加。車窓から見えたマクドナルドには驚いたものの、まさかあのソ連が崩壊するなんて、この時は思いもしませんでした。



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