ガーナの国旗

ガーナ


Button to English Versionto English Version

Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ

トラブル、その1「ブルガリアのソフィア空港」

 友人の、「これが一番安いから」(22万ほどでした)という一声で手配した、バルカン・エアーのガーナ行きチケット。これはブルガリアの首都ソフィアで一泊(ホテル代は無料)後、翌朝ナイジェリアのラゴス乗り換えでガーナに入ることになっていました。

 ところが、朝の空港は何かもめごとがあるのか一向に手続きが進みません。前日成田からのアフリカ行き組みは4人。ナイジェリア人と結婚しているK子さん、日本女性と結婚しているナイジェリア人、とガーナ人各1人。昨日からブルガリアの人達(特に空港関係者)のアフリカ人に対する差別に不快なものは感じていましたが、この朝は頭がプッツンしてしまうぐらいひどかった。被害者は日本語も達者な前述のナイジェリア人です。

 彼の所持金が問題になっていました。昨日はチェックもしないで入国させておきながら、「800ドル以上持っているから出国させない。」というのです。このお金は日本で働いている彼の友人達が、「ナイジェリアの家族に渡してくれ」と数百ドルづつ彼に託したもの、と聞いています。

 スーツケースの中身まで床にぶちまけ怒鳴っている係官と弁明している彼。周囲は同郷の人達が取り囲み、「暴動のきっかけもこんなのかな」と思うほどの不穏な雰囲気。

 数十分後「蹴られた」と痛そうに待ち合い室に現れた本人に確認すると、「やつらは金が欲しかっただけさ」とはき捨てるように一言。200ドル取られたそうです。同じことが数時間後に自分にも降りかかってくるなんて! 「神のみぞ知る」です。アーメン。




Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ

トラブル、その2「ラゴス空港」

 この朝、他にも「オーバーブッキング(座席数以上に予約を入れてしまうこと)」 や、超過荷物のトラブルもありまして出発は大幅に遅れました。離陸しても、通路にはみ出した旅客の荷物を「ワゴンが通れない」と蹴飛ばして怒鳴るスチュワーデス、とそれに反論してまくし立てる乗客。旅行気分も吹っ飛んでしまう機内の雰囲気でした。

 こんな騒ぎですからナイジェリアのラゴス空港に着いた時、当然乗り継ぎ便は出た後。仕方なく、「次便への変更手続きを」とカウンターに行こうとすると、名札を付けた係員らしき男がやってきて「このチケットのままだと乗れない。」と言うのです。

 「手続きするからついて来い」

 と言う彼の後につき、土産の日本食が入った重い荷物を引きずって、パスポートコントロールを通過。カウンターで変更してもらい、逆コースで元の場所まで戻ってくる。

 と、ここまでは良かったのですが、その後がいけません。

 「パスポートを返してくれない!」のです。

ガーナの織物「ケンテ」

 ソフア空港で係員に200ドル取られたアルジェ人のあの彼から、「ラゴスは危ないから財布には小銭しか入れておかないように。」と注意されていたので、ポケットの中は小額紙幣だけというのがせめてもの救い。「これしかない。」と20ドルを手渡し、ようやくパスポートを取り返しましたが・・・、納得がいかず気分は晴れません。

 そう「彼らはお金が欲しかっただけ」なんですよね。




Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ

ガーナあれこれ

「首都アクラ」

 アクラに降り立ったのはもう真夜中。12時間も遅れたとあっては、出迎えてくれるはずの友人も居るはずもありません。両替所は閉まっているしで空港の出口で途方にくれていたところ、「どうしたの」と声をかけてくれた女性がいました。わけを話すと「これでタクシーに乗りなさい」とお金を手渡し、こう言うのです。

「ガーナはナイジェリアと違って、ピースフルでフレンドリーな国だから安心して」

 ガーナ行きを決めて以来、「もうこんなの厭!」というようなことばかりでしたが、彼女の一言でやっとガーナに親しみが持てるようになりました。ありがとうございます。



「サークル」

 街の道路はイギリス式に造られているので、交差点のほとんどはサークル形式になっています。アクラのほぼ中心には「エンクルマ・サークル」(通称「サークル」)がありますが、交通の要所とあっていつも大渋滞。

 友人の車を借りて自分で運転するようになった時、ここは恐怖の対象でした。3車線のサークル内は上手く入らないと身動きが取れなくなり自分の行きたい方向に出られないのです。 (そういう時は仕方がないのでもう1周)



「ハマターン」

 私が行った12月から翌1月にかけては、「ハマターン」と呼ばれる季節にあたっていました。これは遥か北のサハラ砂漠から、季節風に乗って細かい砂がガーナ上空にやってくる時期。ですからこの間は「南国の青い空」は望むべくもなく、晴れてはいても連日どんよりとした日が続きます。湿度もかなり高く蒸し暑いので、幼児期以来というアセモに悩まされてしまいました。



Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ

野口記念研究所

巨大な「アリ塚」
 黄熱病の研究者として有名な野口英世が、研究途上で病魔に倒れ「外国で亡くなった」ということは知っていましたが、それがガーナのアクラだったということをここに来て初めて知りました。

 その縁でアクラには、日本の援助による「ガーナ野口記念医学研究所」が建てられています。その周辺はといいますと、このような巨大なアリ塚が散在していました。背比べしてみましたので、比較してその大きさをご想像下さい。




野口英世記念館チケット


 野口英世の生誕120年にあたる1996年には、福島県猪苗代湖畔にある 「野口英世記念館」 で特別展が開催され、彼がカヌーでアクラに入港した時の貴重な写真や、未公開の資料なども展示されていました。ガーナは少々遠いですが、福島は行きやすいと思いますので、英世に興味をもたれたかたは記念館に行って見て下さい。



Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ

アコソンボ・ダム

 他にガーナで世界に誇れるものとして、「世界一流域面積が広い」というアコソンボ・ダムがあります。正確なところを知りたかったので帰国後、大町にある「テプコ館」のコンピューターで調べてもらいました。が、ダムの大きさ、貯水量、出力のどのコーナーを見ても世界のダムトップテンの中に「アコソンボ・ダム」の名はないんです。

アコソンボ・ダム
 「流域面積」という項目がなかったのでしかたありませんが、一応ここでは「世界一流域面積が広い」と紹介しておきます。

 市場でダムを描いた生地を見つけたので、フリル・ドレスに仕立ててもらいました。この他にガーナで作って持ち帰った服がたくさんあります。

 服のカタログページでお楽しみ下さい。


 この国の電力を一手にまかなっているダムだけに、新聞には「今日の水位」というコーナーがあります。日本でも夏の水不足の時にはダムの水位が新聞で連日紹介されますよね。あれと似ています。その世界一という流域面積のため、わずか1センチで1日の電力が確保されるそうですが、政府はこの電力を周辺の国々へ輸出しているため、時々冷蔵庫の中身が総て傷んでしまう、「恐怖の24時間停電」があると友人は言っていました。



Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ


「ガーナ編」の続き 


ガーナ編

「ガーナ編」に戻る
日本編

「日本編」に戻る
海外編

「海外編」に戻る

Valid HTML 4.01 Transitional