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弥生の王国日本海沿いの縄文〜弥生遺跡 |
「どの道を通って松江に出ようか」と思案中、54号線沿いに加茂岩倉遺跡、その数キロ左に荒神谷遺跡の名を見つけました。松江は「東!」なのですが、両遺跡はその反対方向。時間的にギリギリでしたが、「場所だけでも」見ておきたいと寄って見ることにしました。
「現地は埋め戻されて、行っても何もありませんよ」と言われていた通り 「車両進入禁止」の標識から遺跡までは約400m。林道を抜けると、正面にはクレーン車やユンボなど重機が並び、右手には空に向かって階段が伸びています。この急階段を上りきった所で作業していた人たちに、「遺跡は?」と聞いてみますと「ここで−す」とVサイン。
加茂岩倉遺跡 : 『1996年10月14日、加茂町岩倉の農道工事現場で39個の銅鐸(どうたく)が発見された。一つの遺跡からの出土数としては全国最多。紀元前2世紀〜紀元後1世紀に作られ、埋められたのは弥生末期(紀元1〜2世紀)と推定されている』。 |
加茂岩倉から54号線に戻って北上することしばし、「荒神谷」の立派な標識が見えたので左折しました。「場所がわかりにくいから」9号線まで出た方が良い、言われていたのですが、こちらはかなり整備が進んでいるようです。"出雲ロマン街道"と名づけられたこの道を5キロほど走ったでしょうか、大きな池(西谷池)を挟んで古代村と交流の広場が広がる"荒神谷 史跡公園"に到着しました。
展望台からの遺跡全景 : 向かって左が銅剣、右が銅鐸と銅矛 |
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荒神谷遺跡 : 1984年夏、荒神谷の斜面から、全国の総発見数を上回る358本の銅剣を発掘。翌1985年には、銅剣出土現場から7m離れたところで、銅鐸と銅矛が同時に出土。銅鐸と銅矛の同時出土は、「"銅鐸"は近畿、"銅剣・銅矛"は九州」と言う、従来の学説("弥生時代の青銅器二大分布圏")を覆す大発見となった。
1987年に国指定史跡となり、1998年には銅剣・銅矛・銅鐸が国宝に指定された。 |
| 銅剣(どうけん) : 弥生時代末期、実用の武器として大陸から伝わった。両刃で根元に短い茎(なかご)があり柄をつけるようになっている。荒神谷では尾根筋に平行して4列(西側から、34本、111本、120本、93本)、刃を立てた状態で埋められていた。 |
全国最多の、358本の銅剣 |
6個の銅鐸と16本の銅矛 |
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銅矛(どうほこ) : 根元が袋状になっており、ここに柄をさして武器として使用されていた。当初50cmほどだったものが、次第に大型化。発見された銅矛は最長80cm、刃も研がれていないため祭器と考えられている。6個の銅鐸の高さは、23cmと小型(加茂岩倉では30〜50cm)。
駐車場(古代村のある南駐車場)に車を入れ、池のほとりを歩いて行くと、北駐車場に苦手な団体客が見え、帰りは人を避けて車に直行してしまいました。後で(帰宅してから)わかったのですが、団体がいた交流広場に建っていたのが"出雲の原郷館"。ここで発掘当時のビデオや写真が見られたのに、「見落とすなんて!」と悔やんでみても後の祭り。加茂岩倉が整備されたころまた来ることにいたしましょう。 |
入館料 : 無料
TEL : 0853-72-9044
住所 : 島根県斐川町大字神庭873−8
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「玉作りと言うからには・・・」と、ここでヒスイに会えるのを楽しみに来ましたのに、「無い?」。 「玉 = 勾玉 = ヒスイ、と思っていましたが」と質問してみると、「玉とは装飾品全般を指す言葉」とのこと。また、玉加工技術を通して「時代(縄文と弥生)や地域(出雲と越の国)を超えた繋がりがある」と考えてましたが、どうやらこれも違うらしいのです。
緑にこだわった古代人 : 「ここで加工されていたのは地元で取れる石材だけです。弥生人は緑の石が好きだったので、花仙山の碧玉をみつけてこの地に住み着いたのでしょう」。出雲製の玉が他の地域で見つかることはあっても、ヒスイ製品の出土はないのだとか。この地で管玉などを加工していた弥生人は、縄文の玉作り職人とは異なる文化集団だったようです。
花仙山(玉作山) : 資料館の正面が、出雲風土記に「玉作山」とある標高200mの花仙山。約1500万年前に安山岩の溶岩が固まって出来た山で、中に碧玉やメノウが脈状に存在する。特に深緑の碧玉は国内最高の品質で、出雲石とも呼ばれて現在でも玉作りの材料として用いられている。
休館日 : 毎週月曜・祝日の翌日・年末年始(12月28日〜1月4日) 入館料 : 大人200円 高大生100円 小・中学生30円
TEL : 0852-62-1040 |
出雲地方に多い、"前方後方墳"の形をした資料館。三角縁神獣鏡や「額田部臣」銘文入りの太刀など、周辺の古墳から出土した重要文化財の並ぶ展示品の中で、思わず足を止めたのは平所遺跡出土の埴輪群。何かを訴えるような馬達の、アーモンド型の大きな目。それにもまして魅力的な、見返りポーズの鹿の愛らしさ。彼らは焼成中の窯跡から掘り出されたんだそうです。
"見返りの鹿"埴輪 前方後方墳 : 従来古墳は、円形墳・前方後円墳・方形墳の3つに分類されていた。前方後円墳は、『天子の車をかたどり』と言われるように、牛馬が牽く前の部分を前方、天子が乗る車の部分を後円部に例えて命名されている。前方後方墳は、後ろの円の部分が四角いので、前方後方墳と呼ばれるようになったものである。 − 資料館発行「2000年企画展」より抜粋 − 風土記の丘周辺には、
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入館料 : 大人200円 高大生100円 小・中学生50円
TEL : 0852-23-2485
住所 : 島根県松江市大庭町456
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