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越のヒスイ |
昨晩の石談義で、フジ子さんから聞いたのが宮崎海岸。日本の海岸でヒスイの原石が拾えるのは、新潟の糸魚川からここ宮崎までのごく限られた地域で、世界的にも大変珍しく、いつもヒスイ拾いの人たちで賑わっているそうです。が、この日はお二人のみ。 写真の女性は竹竿の先に熊手を取りつけたような道具を持って、海に入って石を物色していました。かなり本格的 !
北陸本線越中宮崎駅の前面に広がる "ヒスイ海岸" 「東の姫川の上流には小滝ヒスイ峡、青梅川上流には橋立ヒスイ峡というヒスイの産地があり、それが海に流れ波にのってこの海岸に打ち上げられる」とも、「両ヒスイ峡に見られるヒスイを含んだ蛇紋岩層が、宮崎海岸沖の海底にもあり、波の攪拌作用で海岸に打ち上げられる」とも考えられる。のだそうです。 |
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ヒスイとは
約4億〜3億5千万年の地殻変動によって、地下20〜30キロの深い場所(200度前後の低温、10kb以上の高圧)ででき、蛇紋岩層とともに地表に押し上げられ、表層の風化によって出現したと考えられています。
硬度6.5〜7(ダイヤモンドは硬度10)は長石・石英と一緒。原石はハンマーで叩いても中々割れない位の硬さとか。(研磨機械などない古代、人々はどうやって形を整えたり穴を開けたりしたのでしょう ?)。
普通の石より角張り(硬いため)、表面が滑らかで手に持って重く感じれば (比重3.3〜3.35)ヒスイ原石の可能性は大。荒天の後は新たな石が海岸に打ち上げられているので、台風の後や冬場はねらい目だそうですが・・・、日焼け防止に防寒・防風対策もしていった方が良さそう。
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| 問合せ | 朝日町商工観光課 |
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| TEL | 0765-83-1100 |
| FAX | 0765-83-1109 |
| 今回の目的の一つが、「出土した原石や未完成品から、初めて勾玉の製作行程が明らかになった」、という浜山遺跡に立ってみることでした。が、地図を見てもご当地朝日町で人に聞いても皆目様子がわかりません。翌朝、役場の観光課に寄ってみましたが、ここでも返事が煮え切らないのです。何故でしょう ? |
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「境A遺跡(縄文中期)は北陸道の境パーキングの下になっていますし・・・」、「浜山遺跡の遺物は国指定になってしまって、ここにはないのです。 富山の埋蔵文化財センターに収蔵されてしまいました。ですから・・・、行かれても何もないですよ」。
でも「どうしても行ってみたい」と言うと、コピーした住宅地図を前に「この神社の裏手になりますが、標識はないし道が狭いので気をつけて」と行き方を教えてくれました。 地図だけの情報では立ち去り難く、「他に遺跡に関する資料はないでしょうか」と、すがるように質問。 遠くから来て気の毒と思ったのでしょうか、「私物ですがこれお持ちください」と、"勾玉の故郷はまやま"という発掘時の調査記録書を手渡してくれました。 これは得難い、願ってもない資料。この項をまとめるのに、大変参考になりました。ありがとうございます。 |
| 教えられた神社への道は、本当に「車幅ギリギリ !」。 そこは忘れ去られたような小さな神社で、境内の隅に石碑が立っているのが見えるのですが、くもの巣が邪魔して近づけません。一度車に日傘を取りに戻り、それを楯代わりにしてやっと辿り着くことが出来ました。確か発掘現場は「神社の裏山」のはず。さて、道はどこだろう。 |
道らしき道がないので、適当に検討をつけて神社の手前のあぜ道を登ります。少し登ると、ちょっと高すぎたようで畑地の下に赤い立て看板が見えてきました。野菜を踏まないように注意しながらおりて行ったその場所は、海に向かってなだらかな傾斜を持つ、予想よりはるかに小さな区画。でも、「考古学上の大発見がこの土の下に眠っていたんだ」と思うと感慨無量でした。
説明板があるのみ : これでは皆さんご存じないはずです この写真では判りにくいのですが、立つ位置を変えると遠くに海が望めます。ヒスイの原石が打ち上げられる、あの宮崎海岸です。越中宮崎駅からですと、国道と北陸道に挟まれた段丘の中腹に、この遺跡が見える(実際には木立が深くて見えないのですが)という位置関係です。 波の荒い日に眼下の海岸におりて原石を拾い、この地に持ち帰って加工した当時の人々。振り向けばその人達の視線を感じられる、そんな気持ちを味わいたくて「何も残ってませんよ」と言われても「現地に立ちたい」と思ってしまうのですよね。来て良かった。 |
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「ここは古墳時代(今から約1500年前)の遺跡で、硬玉を加工して玉類を製作する工房跡2ヶ所が確認され、多数の勾玉や管玉などの玉類が見つかった。 加工に用いらた砥石・紡錘車などが発見されたことにより、当時の玉類の製作技法が初めて解明されるに至った貴重な遺跡である。」
昭和47年10月5日 富山県教育委員会・朝日町教育委員会 |
新潟と富山の県境に立ちふさがる天下の剣「親知らず子知らず」。さしもの難所も数次に渡る整備工事で北陸道・国道が生命維持装置のように延び、管につながれた瀕死の病人のような景観を呈しています。おっといけない「プレイバック !」。瀕死ではなく「日本の道百選」に入る美観でした。
親知らず子知らず 日本アルプスを形成している飛騨山脈は、白馬岳から次第に高度を下げ日本海に消えています。日本の地質図上では最もカラフルな、従って岩石の種類が豊富なこの地域。だからでしょうか、山脈の東懐には青梅川と小滝川という、2つのヒスイ原産地を抱えているんです。そしてもしかしたら、この海底にも・・・? |
行きも帰りも国道8号線を走りましたが、寺地遺跡がどこにあるのかわからないので、青梅町役場に寄りました。と、目の前にあるのが目的地の一つ、青海町自然史博物館でした。
青海町自然史博物館 前述しましたように、日本で最も岩石の種類の多いこの地方。自然史博物館でもそれを生かした展示がなされています。町民ホールの一角というコンパクトな館内ですが、1階のヒスイ展示、2階の日本最大の山地カルストの紹介写真、特別展示の寺地遺跡の出土品コーナーなど、知りたかった情報がギッシリつまって大満足。 |
"ヒスイの世界"室 今回はヒスイがお目当てなので、世界のヒスイ産地と文化が紹介されている"ヒスイの世界"室はうれしかった。グァテマラのヒスイ原石、韓国のヒスイの王冠(レプリカ)、パレンケ遺跡(メキシコ)のヒスイの仮面の写真などが見られますよ。 |
| 開館時間 | 09:00〜16:30 |
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| 休館日 | 年末年始 |
| 入場料 | 大人300円 小・中・高校生150円 |
| TEL | 0255-62-2223 |
| 住所 | 〒949-0305 新潟県西頚城郡青海町大字青海4657-3 |
| 遺跡は、博物館正面からまっすぐ延びた青梅通り線を、車で数分走った右手にありました。「行けばすぐわかりますよ」という言葉通り、住宅街の中に突然、縄文の掘っ立て住居が見えるんですから、思わずブレーキを踏んでしまいました。 |
"玉作り工房址" : 復元された第1号住居 |
「ここは縄文中期〜晩期(5000〜3000年前)の住居址。石囲い炉、砥石、ヒスイや石斧の未完成品や剥片などが出土し、わが国最初の"玉作り工房址"とされています。
遺跡の北東部からは、長径16m・短径10mの楕円形をした配石遺構と、多数の木柱群が確認されました。両者は信仰的な祭祀等の意味を持ったものと考えられています。 青梅町教育委員会 」 能登の真脇、金沢のチカモリの列柱に並ぶ寺地遺跡の木柱群。どうしても諏訪の御柱と結びつけてしまいそう。 |
| 写真を撮ろうとあちこち動いてみましたが、どこからカメラを向けても住宅が視野に入ってしまう。昔の人が暮らしやすかった場所は、現代でもそう変わらないのだろうとは思いましたが、もう少し保存の範囲を広げて欲しかったですね。 |
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