日本国旗

常陸の国



Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ

鹿島神宮

 鹿島神宮の御祭神は武甕槌(たけみかづち)大神。国譲りを拒んだ建御名方命(たけみなかたのみこと)を、出雲から諏訪の地に追い込み封じた、と言うその張本人です。出雲族が大和勢力に屈したのは鉄器(武器)の差だった、とも、鉄の文化を諏訪に持ち込んだのは建御名方命に違いない、とも思っていますので、ここは押さえておかなければいけない場所でした。

鹿島神宮

 昔は伊勢神宮と同様20年に一度の造営を行い、中世には武神として敬われた鹿島神宮ですが、
その後遷宮は行われなくなり、現在の社殿は徳川秀忠の奉納(1619年)によるものだとか。



要(かなめ)石

要石
 広い鹿島神宮の神域、鹿苑などを見ながらどんどん奥へと進みますと、
  • 大神がここに降り立った
  • 地震を起こす大鯰の頭を押さえている
  • ここを中心に西北に神域が広がる
 と、諸説ある要石。

 さらに「神域の水を集めて一昼夜の湧出量は432KL」と言う禊(みそぎ)の斎場

御手洗(みたらい)池 などがあります。



Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ

ふるさと懐古館

 この資料館で一番興味をひいたのは"反射炉"建設にまつわる展示品の数々です。幕末、開港を迫る欧米列強に対抗しようと、水戸烈公徳川斉昭は大砲鋳造を命じる。そこで抜擢されたのが、地元の大工飛田与七です。

ふるさと懐古館

豪商木内家の土蔵を改装した、ふるさと懐古館

 大砲を作るためには、見たことも無い"反射炉"を建造しなければならず、そのためにまず耐熱レンガを作る必要に迫られる。水戸藩領をくまなく調査し、やっと見つけたのが小砂(こいさご)の陶土。



 先日、家路のキャンプ(正式には"第39回キャンプの仲間")が馬頭町であり、2日目のフリータイムに、近くにある窯業史資料館に行きました。まあ、ビックリしましたね。展示品の中に、ここと同じ耐熱レンガがあるではありませんか! そのうちに馬頭町もご紹介しますね。
耐熱レンガ

苦心の耐熱レンガ
反射炉設計図

飛田与七が描いた反射炉の設計図

 それにしましても、情報のほとんど無かった江戸末期、命じられるまま反射炉建設に奔走する、若き飛田与七等の苦労。現代であれば必ずや、"プロジェクトX挑戦者達"に採用されたこと、と感じ入ってしまいました。



開館時間 : 09:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日 : 月曜日(その日が祝日の場合はその翌日)・年末年始

入館料 : 無料

TEL : 029-262-4650
所在地 : ひたちなか市湊本町9-23



Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ

那珂湊反射炉

 ふるさと懐古館から見ると、小高い丘になっている湊公園を挟んだ反対側。公園の西に那珂川を見下ろすように建っているのが、那珂湊の反射炉です。残念ながら当時の建造物は1864年に天狗党の乱で壊され、現在の物は昭和に入ってから再建されたのだとか。 参考のため、「完全な形で現存する唯一の反射炉」、同時代に建造された"韮山反射炉"の写真と概要をご紹介しておきます。

那珂湊反射炉

那珂湊反射炉(復元)
韮山反射炉

韮山反射炉

 『幕末期の伊豆代官・江川太郎左衛門は、国防の重要性を幕府に建議、許可を得て大砲鋳造に必要な反射炉を建造。1857年に完成してから1864年に至るまで、ここで大砲が鋳造され主に江戸湾防備のため、品川台場に使われた。』 (韮山反射炉の概要より抜粋)



レンガを焼いた登り窯

反射炉の敷地隅には、耐熱レンガを焼いた登り窯も復元されていました


Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ


「常陸の国編」の続き


常陸の国編

「常陸の国」に戻る
日本の国旗

「日本編」に戻る
アンコールの夕陽

「海外編」に戻る

Valid HTML 4.01 Transitional