日本国旗

伊能忠敬ウォーク



Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ

佐原

 先日江戸東京博物館の忠敬展に感銘を覚え、佐原に開館されたばかりと言う記念館に興味があっただけに出立大会の話は「渡りに船」。115キロがどれほどの距離かさして気にもとめず(自分の体力も考えず)、「佐原に行かなくっちゃ!」。

 と飛んでいったしまったのはいつものことながら、この性格に今までどれほど泣かされてきたことか。今回もしっかり後悔してまいりました。まずはその顛末をご覧下さい。


佐原の町並み
お江戸見たけりゃ 佐原へござれ

佐原本町 江戸まさり




 坂東太郎"利根川"の流れを、江戸湾から銚子へと変えた徳川幕府。これによって東北の物資が銚子港から佐原経由で一大消費地、江戸に運ばれたのです。

 「江戸まさり」とは、当時の佐原の繁栄ぶりが偲ばれるような謡ですね。忠敬が商人として活躍したのもそんな時代のこの町。


 忠敬の旧宅は小野川にかかる、通称ジャージャー橋(写真の奥に見えている橋です)のたもと。 「伊能忠敬記念館」はその対岸に位置し、周囲は北総の小江戸の名に恥じない古民家や商家が点在していました。



Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ

伊能忠敬記念館

 江戸東京博物館の「伊能忠敬展」で始めて目にした彼の日本地図。感激が大きかっただけに、1998年5月開館のこの記念館は気になる存在でした。

伊能忠敬記念館


 1998年9月12日、「平成の伊能忠敬・日本を歩こう!」出立大会が佐原で行われると知り、半分はこの記念館のため参加することにしました。JR佐原駅から諏訪神社の麓にある忠敬の銅像を表敬訪問してから記念館へはゆっくり歩いて15分。



 佐原での商人としての生活から江戸勉学時代、そして全国測量へと時代分けした展示室。入り口で裃に帯刀姿で出迎えてくれるのが忠敬さん。

伊能忠敬
忠敬年譜

1745年 九十九里町に生まれる
1762年(17歳) 佐原の伊能家の婿養子になる
1794年(49) 隠居

1795年(50) 江戸に出、高橋至時に師事
1800年(55) 第1次測量(東北・北海道南部)
1801年(56) 第2次測量(関東・東北東部)
1802年(57) 第3次測量(東北西部)
1803年(58) 第4次測量(東海・北陸)


翌年、正式に幕府に登用され、

1816年の第10次江戸測量を最後に、1818年73歳で没




 やはり見学者が熱心に見ていたのは伊能図と測量機器類。対象物との角度を測る象限儀や磁石・方位盤など、意外に簡単な道具類と測歩で「イギリス海軍まで感心させた」という精密かつ、芸術作品のような美しい地図を完成させたのですから「スゴイ!」。

忠敬の測量器具

象限儀
忠敬の日本地図

 江戸博の特別展会場には測量器具のレプリカや、忠敬の歩幅と自分の歩幅が比較できるコーナーがあり実際に操作したり歩幅比べをして楽しみました。新設なったこの記念館もそれを期待していたのですが・・・、なくてガッカリ。関係者の方にお願い、せめて歩幅だけでも再現して下さい。



開館時間 : 9:00〜16:30
休館日 : 月曜日(祝日の場合その翌日)
年末年始(12月28日〜1月4日)

入館料 : 大人500円 小中学生250円

TEL : 0478-54-1118
所在地 : 佐原市佐原イ1722-1



Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ

出立式 1998年9月12日

佐原文化会館で行われた出立記念式典のハイライトは御用旗の授与式。

日本を歩こう旗
 名誉隊長・俳優座の加藤剛さんが、手渡された旗を大きく振り回した時、本体が竿から抜けてしまうというハプニングがあり一同「ドキッ」としましたが、でもご安心。

 その後のお礼の挨拶では、まるで台本通りだったかのように上手くまとめられ「流石役者さん」と、授与式を上回る盛大な拍手・フラッシュを浴びていました。

 明日からの3日間、これを錦の御旗のように先頭にして両国までの115キロを歩くことになります。





当日の夕焼け

 式典を終えて外に出ると、当分の晴天を約束してくれているかのような見事な夕焼け。翌日からの猛暑、強行軍を知るよしもないこの時は「きれい!」と感激していました。




Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ


伊能ウォーク

「伊能ウォーク」の続き
日本

「日本編」に戻る
海外編

「海外編」に戻る

Valid HTML 4.01 Transitional