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御柱祭 |
冬の花火
車が途中までしか入れず、食料からパソコンまで一切合切を背負って入った山小屋でしたが、1月の水抜きが充分でなかったらしく「水道管破裂!」しておりガックリきてしまいました。その衝撃を慰めてくれたのが、車山方面に上がった花火。それにしましても一体これ「何の花火?」。
1998年3月末、白樺湖に上がった時ならぬ花火 5月の連休直前になってやっと水道屋さんに来てもらえましたが、2時間かかった修理の間、話は総て「御柱祭」。諏訪大社の上社と下社、それぞれ「御柱」を切り出す山を持ち、ここ上社は”八ヶ岳の御小屋山”からと決まっているそうです。ところがこの社有林、伊勢湾台風でかなりの巨木がなぎ倒され、今年は「下社からお借りした」とのこと。だとすると先月の山出し、御柱置き場まで「どんなルートで?」運んだんでしょう。 「下社の東俣からトレーラーに積み込んでビーナスラインを経由しましたから、白樺湖も通ったでしょう? "御柱祭"始まって以来のことだから、通過地点の各所でお祭りをしたはずですよ」
「それいつ頃でした?」
「判った!あの花火! "御柱"が白樺湖を通ったお祝いだったんだ」
御柱祭
「里曳きは参加しないと・・・」と山小屋に修理に来てくれた水道屋さん。今年、自分達の町内は本宮一の御柱を引き当てたし、曳き綱も御柱に近い2番綱。「町内のハッピを貸しますから一緒に曳きましょう」と誘って下さいました。これはうれしいお申し出。早速5月の4日、ハッピを着て御柱の里曳きに参加してきました。
長さ16m、直径1m以上、重さ10tを上回る大木をコロも使わず(水はかけますが)人力だけで曳いていく。長さ200〜300mという曳き綱を街道を埋め尽くした人で曳いていくのですが、これはまさに巨大綱引き。全員が力を合わせないと動きません。ここで活躍するのが上記の"木遣り唄"。
木遣りが唄われると「よし、曳くぞ!」、と心の準備が整い一斉に力が出せる。「柱を動かすのは木遣り次第」と言われますが、下手な(?)木遣りだといくら「お願い」されても力を入れる気にもならない、というのは本当でした。自分の木遣りで巨木が動き出す瞬間は、きっと唄い手冥利につきることでしょう。
メド梃子
お昼は仲町地域の休憩所でいただきました。曳行中もそうでしたが、同じハッピを着ているだけで親しみを覚えるのは不思議。自分にも仲間がいると感じさせてくれる、こんなお祭りを持っている諏訪の方達が羨ましい。 祭で小耳に挟んだちょっと気になる話:「申の御柱は景気が良く、寅は不景気」な年になるのだとか。どうやら当たっていそうな長引く不況に「次の御柱祭(2004年)が待ち遠しい!」心境になってきます。 上社本宮
ところが「所変われば品変わる」。太陽の再生や天体運行の安定を願う気持ちは同じでも、中米メキシコのマヤ・アステカ文明では「人間の心臓を太陽や大地に捧げる」という儀式になるのです。今回は"御柱"を通して、世界の広さと民族の多様性とを覗かせてもらったような気がします。
仏教が普及する以前は日本でも、「"生け贄"を捧げて祈願する」ことは各地で行われていたのでしょうが、今はその痕跡を探すのも難しい。その中で貴重な資料を展示しているのが、茅野市神長官史料館。ここに来ると、諏訪大社信仰の原点を見ることができます。
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