ジョルダン国旗

ヨルダン(ジョルダン)


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ワディ・ラム

 翌朝、キャンプ用品とともにバスに乗り込んできたドイツ女性がいました。彼女が砂漠専門の旅行会社、「キャラバン」のマネージャー兼写真家のジュリッタ。その誠実な話し振りうっとりと語ってくれる砂漠の美しさ、そしてそのキャンプ道具にひかれワディ・ラムでバスを降りる時には決めていました。「彼女についていってみよう」

記念撮影用の岩?
 日本人がイメージする砂漠は多分、鳥取砂丘か御宿の海岸のような砂地。ところがここ"ワディ・ラム"は、荒々しい岩山に取り囲まれた赤茶けた大地でした。大峡谷の川の部分が砂地で、そこをジープで走り抜けていく、といった感じでしょうか。

 その刻々と変化していく風景はジュリエッタが話してくれたとおり。最初はその都度カメラを取り出していたのですが、途中からは止めました。この広がりと地球外の惑星のような美しさは、とても画像にはおさめきれませんもの。


 そう、ここは「アラビアのロレンス」が活躍した場所、あの映画もワディ・ラム周辺で撮影されたものだそうです。これは日本人観光客が記念撮影用に好んでいる岩だとかで、ガイド氏が「ここで写真を撮れ」とうるさいので、逆光気味でしたが「ハイ。パチリ」



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ベドウィン

 時折立ち寄ったベドウィンの住居。地面に窪みをつけただけの簡単なかまどには、いつもチョロチョロと小枝が燃え、すぐに熱くて甘〜いチャイが出てきます。女性たちは一様に黒っぽい長衣にスカーフ(ベール?)姿、そして私の白い服を見てジュリエッタに言ったそうです。「砂漠に白は似合わない」。

 確かにアンツーカーのような赤土系のこの土地では白は汚れが目立つ。そして意外なことに、太陽光線も通してしまう、のです。汚れを気にせずどこにでも座れ、しかも強烈な太陽光線から肌を守るには、「黒」服が一番合理的なのかもしれません。 シリアのアレッポではこのことを再認識いたしました。

 羊の毛で織ったそのテント脇には、ラクダに取って代わった4駆が鎮座し、遊んでいる子供たちはTシャツやトレーナー姿。周囲に羊やヤギがいなければまるで日本の「オート・キャンプ」場。こうして伝統文化も徐々に変わっていくのでしょうが、この土地に適した彼女たちの服装は最後まで残っていくことでしょう。

日の出

日の出

 朝日を撮りたかったのですがこれが限界、この直後にはギラギラの太陽が顔を出し、情け容赦もない強い陽射しの1日が始まりました。「アラブの人は満月より三日月が好き」というのが最初は不思議でしたが、昼と夜しかない砂漠では夜は暗いほうが良いのかもしれません。



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月の砂漠

 雲がないと日が沈む時も"夕焼け"にならないんだ、とこの砂漠にきて初めてわかりました。夕焼けの写真が欲しくてサンセット・ポイントに急いでもらいましたのに、日はストンと何の余韻もなく沈み後は夜。

月光

 今夜のキャンプ・サイトはこの大きな岩の下。夕陽が撮れずチョット気落ちしていたのですが、空にはまるで「私をお撮りなさい」とでも言っているかのようなお月様。この月の光はあの砂漠の夜の静けさと共に、都会暮らしに疲れたあなたまで届くでしょうか?



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キャンプ・サイト

キャンプ・ファイアー
 テントをかついでの登山も、オート・キャンプも経験していますから、ベドウィンの人たちの生活技術にはとても興味がありました。さあお手並み拝見です。

 キャンプ・サイトに着くとまずは薪集め。砂漠と言っても潅木は点在し小枝はすぐ集まりましたが、日本でのキャンプに慣れた身には心もとない太さと量です。
「これで炊事が出来るの?」

 ベドウィン氏は煙草に火でも付けるぐらいの手軽さで火をおこし、ジュリエッタは手際良く米を洗い野菜を刻み(モチロン私も手伝いました)炒めて煮込みと、あれよあれよという間にご飯と野菜の炒め煮、そして甘〜いチャイの夕食ができ上がっていました。お見事!


 夜はこのたき火の回りで、砂漠に直接寝袋をひいて(テントを張らずに)寝たのです。そこまでは映画のワンシーンのようにロマンチックで満ち足りていましたが・・・。どこからともなくブヨのような毒虫が大挙してやってきて安眠できず。この広い砂漠で、いつどこに人が来るともしれないのに、彼らはどうやってそれをキャッチするのでしょう。彼らのテリトリー(行動範囲)は一体どれほどなのか、虫博士がいたら教えて!



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食べた物

 ヨルダンでは初日から、モスクの前で食事していた人のご相伴にあずかったり発掘現場でチャイをいただいたりしました。極めつけは、お菓子を一皿いただいてしまった話。

 路地裏のある店の前に人だかりがしているので見に行くと、お皿を大事そうに抱えた人たちが何やら立ち食いしています。女学生風の人に味見させてもらうと、甘さ控えめでなかなかおいしい。「気に入った?」と聞かれたので「エエ」と答えると、「じゃあこれ食べて」と一皿いただいてしまいました。

 薄い生地の間に何かクリーム状の物が挟んであり、シロップがたっぷりかかってほんのり暖かい、これがコナーファ(Kenafa)でした。代金を支払おうとしましたが受け取ってくれないので、お礼に折鶴を渡してきましたが、後で考えると「チョットずうずしかったかな?」

アンマンでの食事

ボーイさんのお薦め : Lentelというスープ

 レストランで食事らしい食事をしたのはこの時ぐらい。この後「ヨルダンに来たらマンサフ(Mensaf)を食べなきゃ」と言われ好奇心で注文しましたら・・・、炒めたご飯に骨付きの羊肉がデンとのって出てきました。肉が食べられない私、見ただけで「ノー・サンキュー」でしたが、ガマンしてご飯の所だけたべてきました。 両方で 3.5ディナール(約650円)。



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旅行メモ

 最初にも書いたように国を挙げての「Welcome(ようこそ)」ムードに溢れ、対日感情も良好でした。ただ、インフォメーションが見当たらなかったので一般観光客は旅行代理店かホテルで、バックパッカーはクリフ・ホテルなどで情報の収集と確認をして行動して下さい。



ジェラシュ

 アンマンのアブダビ・バスターミナルから45分ほどですから、半日あれば見学可能。ジェラシュのバスターミナルから遺跡入り口へは、数百メートルほど戻るかんじになります。現在入り口周辺は駐車場やビジター・センターなどの整備工事の真っ最中。で旧案内所は閉まっていて地図なしでの見学と相成りました。

 きっと皆さんが出かける頃には(完成間近のようでしたから)、工事も終わって観光しやすくなっていることでしょう。この遺跡は広くほとんど日陰もない状態ですから、帽子・サングラス・水(中でも売っていますが高い!)・軽食などは忘れずにお持ち下さい。

OPEN : 07:00〜19:00
入場料 : 5JD



ペトラ

 朝アンマンを発ち11:00頃入場したのですが、それよりは前日夕方までにペトラ入りし、翌朝早くから終日見学した方が良かったかなと思っています。レストラン前から最奥のエド・ディルまでは、ゆっくり歩いて1時間弱。人気が少なくなりますので、女性一人の時は連れを探す、もしくはグループの前後について行く方が安心。この時はベルギー人の女性に声をかけられご一緒しました。

OPEN : 06:00〜日没?
入場料 : 1日券 20JD、 2日券 25JD、 3日券 30JD

1997年7月現在 : 1ドル=0.7JD(ディナール)



ワディ・ラム

 1台のジープ貸し切り(もちろん運転手つき)で、1日60ドルが相場と聞きました。4人で利用すれば1人15ドルということです。砂漠で泊まる(キャンプ)場合は、別料金のようですので事前にきちんと確認交渉のこと。女性一人だけで車をチャーターすることは危険が伴います、必ず連れを探すかツアーに入って下さい。



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必需品

 砂漠観光に重宝したもの、欲しかったもの : 手袋、綿の大判ショール、目薬、ウェット・ティッシュは重宝しました。欲しかったものは虫除けスプレーと虫刺されの薬。昼はともかく夜は小型のハエ(ブヨ?)に襲われて安眠できず、この2つを持ってこなかったのを悔やんだものです。キャンプを予定している方は忘れないで!



シリア

 シリアのダマスカスへはセルビス・タクシーが便利。アンマンのアブダリ・バスターミナル脇にセルビス・タクシーの事務所があります。ここで5.5JD支払い待つことしばし。乗客が集まりしだい出発になりますので、午前中の方が確実です。国境直前で1度休憩、ここで両替もできます。

 国境では運転手さんの指示に従い、あちらの窓口こちらの窓口と移動して手続き完了。ヨルダンの陸路出国には4JDの出国税がかかりますから、この分は両替せずに残しておいて下さい。休憩も入れ、ダマスカスまで3時間半の国境越えでした。




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