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ラオス |
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ラオスは、ベトナム・中国・ミャンマー・タイ・カンボジアに囲まれた内陸国で、ミャンマーとカンボジア以外の3ヶ国に計8ヶ所の国境が開いています。空路で首都ビエンチャンに入るのは容易ですが、今回はどうしても陸路でラオス入りしてみたくて、バーン・チアン遺跡経由で国境の町、ノーンカーイへと向かいました。
左手の建物が出入国管理事務所 柱の横に停車中なのが、タイ・ラオス間を結ぶシャトルバス(10B) 通常この窓口でラオス・ビザの取得ができるのですが、丁度この頃(2001年3月中旬)5年に一度の共産党大会のため、一時的に入国制限のため国境でのビザ発給調整が行われたようです。私はプノンペンでラオス・ビザを取得済みだったので難なく通過できましたが、後で「丸一日待たされ大変だった」とのぼやきの声を何人もの旅行者から聞きました。 ラオス側からは市内に向うバスもあるようでしたが、この時はタクシーの相乗り(1台150B、約450円を人数で割る)で、ビエンチャンに向いました。
ラオス側から見た"タイ・ラオス友好橋" 数週間後、前述の入国制限は解除されたようですが、理由も待ち時間もわからず足止めを食ったのではたまりませんね。陸路の国境越えにはままこんなこともありますので、出来るだけ(余裕がありましたら)ビザは取得して行きましょう! |
ビエンチャンでの宿は、かつての高級国営ホテル"ラーンサーン・ホテル"。建物は古いのですが、1泊20ドルで古(いにしえ)の高級感を味わえるのですからお得です。荷物を置いたら、早速街歩き。ホテル周辺は中心部のはずなのに、人通りがやけに少ない。バイクと車の洪水の中、縫うように行き交う人々で混沌としているプノンペンと比べると寂しいほどです。
最初に目に付いた、オレンジ色も鮮やかなネット・カフェ 接続料は150K/Mで、20分以上利用するとコーヒーか紅茶がサービスされるとか。日本円に換算すると、20分で約50円と言ったところですね。最近では「日本語OK」のお店も出てきているようですので、利用の時には要チェック。 "Lao National Museum"(ラオス国立博物館)の看板に思わず「ヤッター!」と入ってしまいましたが、展示品は美術工芸品ではなく武器・兵器に戦争の写真。そうここは、"民族革命"で"独立を勝ち取った"、"ラオス人民民主共和国"の革命博物館だったんです。ちょっと残念。
1353年、ファーグムによるラーンサーン王国の建国に始まり、王国の三分裂、タイやミャンマーとの領土争い、フランス植民地時代、と展示は続きます。品数が俄然多くなるのは、ベトナム戦争前夜から1975年に独立を勝ち取るまでのコーナーで、様々な兵器がケースに並べられていました。
1828年のシャム(タイ)族との戦い この塔には、その戦火から人々を守った竜が住んでいるんだそうす |
タート・ダムを抜け大通りを渡ると"タラート・サオ"。朝市、と言う名の市場です。流石に市場まで来ると人や車の往来も多く、「良かった」と訳もなくほっとしてしまいました。ここに来る前に"Lao Textile"と言うお店で、ラオスの織物の素晴らしさを見聞きしてきたばかりなので、市場の品物を見るのが楽しみ。さあ、中に入ってみましょう。
タラート・サオ と勇んで入ってはみたものの、何故か場内は閑散としている。一部の店は開いていましたが、結局この日の織物見学は空振りに終わりました。後で聞いた話ですが、丁度この日は「国際婦人デー」(3月18日)。で、女性達の多くが"お休み"を取っていたからですって。日本でもこの日は"女性の休日?"でしたっけ。
歩きつかれたので、ラオス最初の食事をこの市場で取りました ラオス旅行中お世話になった、野菜たっぷりのこの麺は5000キップ(約80円) |
タラート・サオからメコン川に向かって歩いていくと、左手に現れるのがここワット・シーサケット。19世紀初め(江戸末期)の建立と割と新しいのですが、その他の古寺が戦火で焼失・再建されているので、"建立当時の様式を保っている"と言う意味ではビエンチャン最古。"歴史的にも貴重な建物"なのだそうです。
ラオスの寺院建築は、ビエンチャン、ルアン・パバーン、シエンクアン各様式に大別されます。地面に届くかのような優美な大屋根のルアン・パバーン様式に対し、本堂を取り囲む広縁風のベランダを持つのがビエンチャン様式の特徴のようです。ワット・シェントーン、ワット・マイなどルアン・パバーンの寺院に飛んで、両者を比べてみて下さい。 回廊の切れ目に、格子戸がはめられた部分がありました。覗いてみると壊れた(あるいは戦火で傷んだ)仏像が山積。座敷牢に入れられているようでもあり、仏像の墓場のようでもある。アピールのつもりか、修理待ちの状態なのか、ここに置かれた意味は良くわかりませんが、「このままだと傷むな」とちょっと気になった仏様たちでした。 |
大きな柱が本堂を取り巻くテラスを支える、典型的ビエンチャン様式のワット・パーケオ。前述のワット・シーサケットとは道路を挟んで対峙しています。1565年にエメラルド仏を安置するために建立された王立の寺院ですが、後にタイとの小競り合いで寺院は破壊されエメラルド仏はタイに持ち去られたのだとか。
現在の建物は20世紀に入ってからの再建ですが、 「資料がないため原型は不明」、と言うのは残念なことですね。 タイでは、持ち帰ったエメラルド仏のためにバンコクにワット・プラケオを建立、本尊として安置してしまいました。タイ王朝の守護寺ワット・プラケオは、王宮と共に観光客が必ず訪れるバンコク観光の目玉。どちらが良いともいえませんが、その賑わいとは対照的なこのお寺の静けさに、諸行無常の感さえおぼえてしまいました。 |
ラオスに入って3日目、雨が降り出しました。雨足も激しくなってきたので「これでは写真にならない」と、ラオスのシンボル"タット・ルアン"行きを、面白い造型が見られるという場所に変更。一昨日渡ったラオス・タイ友好橋近くを通過し、ワット・シェンクアン(別名ブッダ・パーク)へ。
摩訶不思議なブッダ・ワールド メコンの向こう岸には、兄弟寺院ワット・ケークがあります 境内に入って驚きましたね。そこに並んでいる神や仏は、数日前にノーンカーイ(タイ)で見た造型物達にそくりなのです。それもそのはず、両寺院を建立したのはバラモン僧のルアン・プー氏。最初ラオス側でワット・シェンクアンを建て、1975年のラオス革命後にタイ側に移って、メコンの対岸にあたる地にワット・ケークを建立した、のだそうです。
メコン川をバックにしたナーガと仏陀像 両者は双生児のように良く似てはいるのですが、後から造られたワット・ケークの神々は、より美しく不気味かつ巨大化しており、素朴な情感としてはメコン川が見渡せる、ここワット・シェンクアンに軍配を上げたい気持ちになりました。 |
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