メキシコ国旗

メキシコ


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古代メキシコ略年表

 オルメカ・サポテカ・トルテカにアステカ文明。「メキシコ」イコール「マヤ文明」と思いこんでメキシコ入りした私は、人類学博物館とテオティワカンを見学した段階ですっかり混乱してしまいました。「一体どうなっているの?」。

 それで帰国後自分の気持の整理もかね、訪れた遺跡を最盛期を基準にして並べてみました。相互影響の時期などはっきりしない遺跡も多いので、あくまでも理解の補助用ですが、これを参考にメキシコ旅行を楽しんでいただけましたら幸いです。


メキシコ中央部
年代
ユカタン半島



オルメカ・ヘッド

オルメカ
マヤ文明形成期
B.C
A.D
太陽のピラミッド

テオティワカン


モンテ・アルバン

モンテ・アルバン


マヤ文明古典期

ティカル(グァテマラ北部)

コパン(ホンジュラス)

ソチカルコ

ソチカルコ


石柱の部屋

ミトラ


7世紀頃
パレンケ

パレンケ


ウシュマル

ウシュマル

 7世紀頃、といわれるテオティワカンの滅亡後、メキシコ中央高原では軍事色の強いトルテカ(都はトゥーラ)が台頭。その影響を受けた(侵略された?)チチェン・イツァには戦士像やチャック・モールなどトゥーラ同様の遺構が見られます。

戦士の像

トゥーラ


10世紀頃
チチェン・イツァ

チチェン・イツァ
テンプロ・マヨール

テンプロ・マヨール
14世紀



16世紀

 トルテカ帝国滅亡後、中央高原を制したのが伝説の地に都を築いたアステカ帝国。「湖に浮かぶ美しい都」と呼ばれたテノチティトランの伝説に支配された滅亡はインカ帝国の末路と似て哀れです。



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