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オアハカ

 シティの東ターミナルからバスで4時間。先住民が最も多く住んでいるという標高1600mの高原の町オアハカは、先を急いでいたのでゆっくり散策も出来ませんでしたが、今思うと居心地の良い所でした。周辺にはテオティワカンと並ぶ遺跡、モンテ・アルバンやミトラ・ヤグールなどサポテカ人の遺構も点在していますので、ご用とお急ぎでない方はどうかゆっくりしていって下さい。

オアハカの夕焼け

ソカロ(中央広場)で見たオアハカの夕焼け

 この町の特産品は色鮮やかな民族衣装や民芸品。そして忘れずに味わっていただきたいのが毛糸玉のように丸く巻かれた紐状の「チーズ」。メルカド(市場)に行けば様々な大きさで売られています。ビニール袋に小巻玉が15ほど入ったものが5ペソ。この夜ソカロではマリンバの演奏もあって(毎晩あるのかもしれません)、オアハカ・チーズをつまみに飲むビールは最高の味でした。



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ミトラ

 サポテカ人という名前はここに来て初めて聞きました。彼らが「永遠の休息場所」と呼んだミトラはオアハカの南東50キロ、独特の幾何学模様のモザイク壁で知られています。行ってみますとその建物配置や地下墳墓の存在など宗教的な雰囲気を色濃く感じました。

ミトラ
 この壁に塗られた"赤"を見てクレタ島(ギリシア)のクノッソス宮殿と日本の装飾古墳(福岡県王塚古墳など)を思い出していました。多分魔除けの意味が強い色なのでしょうが、洋の東西を問わず古代人の感覚は似ていたのかと思うと何か不思議な気がします。

 この建物の上部にもモザイク壁が見られますが、有名なモザイクのホールはこの内部、石柱の部屋の奥になります。


 他では見られない、とガイドブックには書いてあったモザイクですが、 トゥーラ遺跡 のピラミッド壁面にはミトラの影響を受けたという浮き彫りが見られますので興味のある方は足をのばしてみて下さい。



 四方を装飾のない高い壁に囲まれて、見えるものは石柱と空と山だけというこの空間。鮮やかな朱色の入り口と、緻密なモザイクで埋め尽くされた壁面を持つ奥室。声高に自己主張している、おしゃべりな2人に挟まれたようなこの部屋の静けさをどう表現したら良いのでしょう。

石柱の部屋

ミトラ : 石柱の部屋

龍安寺の石庭にも通じるこの空間に佇んでいると
人は時に、無言の空間・止まった時間を持つべき、と思えてきます。



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ヤグール

 ミトラからアオハカへの帰り道、ヤグール遺跡の入り口(バス停があるわけではありませんので、車掌さんに頼んでおくこと)でバスを降ります。正面に見えている丘に向かって一直線にのびている道を歩くこと30分(約2キロ)。やっと中腹にある遺跡に到着です。

 物売りやツァー客どころか見学者もほとんどいないこの遺跡、周囲の山々の眺めも良いし本当にのんびりできました。そうそう、ここにも球戯場があったんですよ。その上のテラスで夕陽を待ちながら寝っころがって雲を眺めていたのが、メキシコ旅行の中で一番のどかな時間でした。

ヤグール夕景

 帰りの安全が確保されないと夕陽撮影は諦めるのが常です。幸いこの日は機内で知り合ったカップルと、昨日バスで一緒になった三重のご夫婦と同行5人。皆さん優しい方で「夕陽の写真が撮りたい」という無理を聞いて日没までの数時間、絵を描いたり付近を散策したりして(私は昼寝)過ごしてくれました。

 昼間は良い天気でしたのに、日が沈む頃になると地平線に無情の雲。最後の一射しを撮ったのがこれで、ちょっと不満は残りますが一応は「ホッ」。その安堵感の中、黄昏から夜へと刻々と表情を変える空を愛でながら2キロの道を歩くのは楽しかった。真っ暗な道端で無事バスがとまってくれた時には「となりのトトロの猫バスみたい」で感激ものでした。あれもこれも4人のおかげ。ありがとう!




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モンテ・アルバン

 テオティワカンと時代を二分する古代都市の遺構、それがサポテカ人の築いたモンテ・アルバン(白い丘)です。ここへはオアハカ市内の Hotel Meson de Angel の駐車場から30分毎に出ているバスで行くのが便利(往復12ペソ:1.5$)。ただし、定員が20名ほどのマイクロバスなので満員になると次のバスにまわされますし、帰りのバスの時間も決められてしまいます(遺跡の見学時間約2時間)ので、そのつもりで計画を立てて下さい。

モンテ・アルバン

球戯場、背景は北の基壇

 入り口にある博物館を見学してから遺跡に入ると、最初にガッシリした造りの球戯場に出ます。テオティワカンには球戯場が見当たらなかったこと、モンテ・アルバンが防御も考えた場所に都を作ったことを考えあわせますと、あの地には生け贄の風習がなくここには敵も生け贄信仰もあったということなのでしょうか。



 そこを抜けると東西100m、南北300mという陸上競技場のように広い中央広場と、それを囲うように配置された遺跡群に出ます。ご覧のように台地上に立つ遺跡、「ここで夕陽を見られたらな」と思うほど素晴らしい展望が開けます。 テオティワカンとはちょっと違いますでしょう。ただ残念ながらメキシコの遺跡は17:00閉門。時間がくると係員が見回りに来ますので日没までいるのは不可能なのです。 ヤグールはあまり人が行かない遺跡だったのできっと目こぼししてくれたのでしょう。

モンテ・アルバン

南の基壇上より遺跡群とオアハカ盆地を見下ろす

 ここで見落とせないのが「踊る人」の浮き彫り。踊っているように見えるほど動きのあるこれらの裸体男性像ですが、実際には裸にされた捕虜またはその死体を表わしていると考えられています。主なものはメキシコ・シティの人類学博物館に展示されていますので、ここまでくる時間のない方はそちらでご覧下さい。

 ご覧のように広い遺跡、ピラミッドを登ったり降りたりしていると2時間なんて「アッ」という間に過ぎてしまいます。ここで昼寝をしたい、もっと見ていたいとうあなた、指定された帰りのバスでなくとも乗れる、という話も聞きました。ただし、席はないし(20分間立っている)、片道分余計に払わされるとか。確認していませんが、それでもよろしかったらお試しを。




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