ミャンマーの国旗

ミャンマー


Button to English Versionto English Version

Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ

スラマニ寺院

 2日目、今日はオールド・バガンからは少し離れた、スラマニ寺院から見学を始めることにしました。ここには「壁画が残る」そうですから楽しみです。シュエサンドー・パゴダからの帰り道が快適だったので、行きはこちらの道路を利用しました。この国には珍しく、穴あきのない舗装に中央線、その上歩道まで備えたこの直線道路、旧道と並行して6キロほども延びているんです。

 インドネシアのスハルト大統領の、ミャンマー訪問にあわせて建設されたそうで、その名も"スハルト・ロード"(本名はアノーヤター道路)。この道路脇にはゴルフ場もあるんですが、良いのかな遺跡の中なのに?

スラマニ寺院

スラマニ寺院 (1181年)
Narapatisithu (ナラパティシトゥ王:1174−1211年)

 アーナンダ寺院を右手に見て左折、10分ほどでスラマニ寺院に到着です。『前王の時にスリランカの侵略を受け、その後文化が一変、寺院も明るい建築様式で造られるようになった』と歴史書は言いますが・・・、内部はかなり薄暗い。そんな時には持参のライトを出して、さあ壁画を見てみましょう。



ここの壁画は仏教説話ではなく、日常生活が描かれているのが面白い。

スラマニ寺院

舟遊び? それとも漁の様子でしょうか。波間には亀の姿も見えてます。

 きっと大道芸なのでしょう、群集の見守る中で曲芸を披露している芸人の姿。宮廷の奥か、はたまた市井の遊女宿か、欄干のある室内で化粧をしている女性達(このお化粧、今のヤンマーの人達も塗っている、タナカみたいなんですよね)。12世紀のバガン王朝の日々を切り取った壁画は、カンボジアのアンコールトムの浮き彫りを見るようで興味深いものでしたす。


Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ

ダマヤッジ寺院

ダマヤッジ寺院

ダマヤッジ寺院 (1165年)
Narathu (ナラトゥ王 : 1163−1165年)

 次に向かったのは未完の大寺、ダマヤッジ。遠くからも「あれがダマヤッジ寺院」と判る、力強く独創的な外観。ここは実父(先王)と実兄を殺して王位に就いたナラトゥが、贖罪(罪滅ぼし)のために建立したもの。



ダマヤッジ寺院

ダマヤッジ寺院
 「より大きく、より繊細に、より風変わりに」と、罪滅ぼしの思いを込めた王の願い。それは天には届かなかったようで、この寺院建設中に彼自身も暗殺されて非業の最期を遂げ、後にはこの寺院が未完成のまま残された。

 経過が経過だけに後を引き継ぐものもなく、そのまま今に至っているのだとか。たった3年と言う在位の短さが、その間の異様な状況を物語っているようです。



 完成してたら確かに美しい寺院だったでしょうに、今はそう、幽霊屋敷みたいで気味が悪い建物になってしまってましたね。

 中に入ると、他の寺院とは異なり動物の糞の匂いが鼻をつきます。その主はここに住み着いたコウモリ達。真昼間だと言うのに彼らは、時々奇声を発しては薄暗い室内を飛び交っていました。




Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ

マヌーハ寺院

マヌーハ寺院

Manuha (タトォン王マヌーハ、1059年建立)

 オールド・バガン城壁の南門を抜け、大通りを南下するとそこはミンカバー村。この村はずれにあるマヌーハ寺院は、アノーヤター王の時捕虜としてバガンに連れてこられたタトォンの王マヌーハが、寺院建立を許されて建てた曰くつきの寺院です。



マヌーハ寺院

マヌーハ寺院の大仏
 街道沿いに建っているこの寺院、構造も外壁も装飾的な要素がなく、全体的にノッペリとした印象です。

 中に入って驚くのは、空間を最大限に使われて窮屈そうに鎮座している三体の大仏。「不思議の国」で大きくなる薬を飲んだアリスが、頭が天井につかえて困っている、そんな風情の仏様たちなのです。

 裏手にはこれも、サイズに合わないお棺に入れられて、困惑しているかのような涅槃仏。「地下鉄の電車はどこから入れたの」ではありませんが、どのように安置したのでしょうね。

 捕虜になった王様がどんな待遇を受けていたのか知りませんが、ひたすら来世を願っていたは確かなようです。そのためでしょうか、このお寺は息苦しくて、あまり好きにはなれませんでした。




Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ

ミンガラゼディ・パゴダ

気球

Balloons over Bagan 

朝日と夕陽時、遺跡上空を1時間かけて飛ぶ気球



ミンガラゼディ・パゴダ

ナラティハパテ王(1256−1287年)
 建立直後にモンゴル軍の侵攻を受け、バガン朝は崩壊してしまったため、これが最後のパゴダになった、そうです。

 各層の壁面には、説話集「JATAKA」のシーンが、浮き彫りではめ込まれています。内容はわからなくとも、想像しながら見ていると結構楽しめますよ。



 2日目の夕陽はこのパゴダに登って見ました。でもここ、川までの間に寺院がほとんどないので、レンズを覗いても単に「川に沈む夕陽」。バガンで夕陽を見てる感じには撮れないんですよね。

 「朝日はミンガラゼディ・パゴダ」と博物館で言われたのを思い出し、最終日の朝、早起きしてここまで朝日を見にきました。上の写真がその時のもの。

 薄闇から、黎明、ご来光、朝もやと、人間の時間に入る前のバガンの遺跡群は、神秘的な表情を見せてくれます。夕陽見物より人も少なく、素敵な一時を過ごせました!




Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ


ミャンマーの続き


ミャンマー編

「ミャンマー編」に戻る
日本編

「日本編」に戻る
海外編

「海外編」に戻る

Valid HTML 4.01 Transitional