ペルー国旗

ペルー


Button to English Versionto English Version

Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ

クスコ

 これがサクサイワマン遺跡付近から見た「クスコ」。太陽を崇拝し高度な古代文明を築いた人々の世界、そして宇宙の中心であった古都「クスコ」(クスコとはケチャ語で「ヘソ」を意味する)。この景色を見ていると涙が出そうになってくるのです。不思議ですね。

クスコの展望 (*)

サクサイワマン遺跡付近よりクスコ市街を望む

 皆さんは「インカ帝国」というと何を連想されるのでしょう。「黄金」「太陽崇拝」「マチュピチュ」「侵略者」「ピサロ」・・・。きっとたくさんある事でしょう。

 私が特筆したいのが、現代世界に多大な貢献と影響を与えた作物達です。マリー・アントワネットの髪にその花が飾られ、当時のフランス宮廷に大きな驚きで迎えられた「ジャガイモ」のエピソードは有名なのでご存知の方も多いと思いますが、さあ、他にいくつ挙げられるでしょうか?

 答えはペルー編最後のページにありますので、後ほどご覧ください。




Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ

「アルマス広場」

 ペルーではどこの街にいってもその中心にあるのはアルマス広場、ここクスコでもリマでも同じです。まあ、日本では小さな町にいっても「** 銀座」とあるようなものでしょうか。これは慣れてくると便利なもので「道に迷ったらアルマス広場に行けば何とかなる。」

 ちなみにギリシアでは中心にあるのはシンタグマ(憲法)広場。1843年に最初の憲法が発布されたのを由来しての命名という話を聞くと、その国の歴史を感じさせられます。

 どこかのガイドブックかペンション花田の落書き帳に「アルマス広場を歩く旅行者は金魚鉢に入れられたエサと同じ。」という恐ろしい注意書きがありましたっけ。

アルマス広場 (*)
 この街を歩くと色々な場所で金魚ならぬ物売りさん達に囲まれます。

 自分が作った、または仕入れをしたセーター、ベルト、バッグ、ブレスレットなどを風呂敷きに包んで背負ったり(かつての日本人もそうやって荷物を運んだようですが、最近は見かけなくなりましたね)両手に持って道行く観光客に声をかけてくるのです。



 中にはかなりしつこい人もいますから、買う気がないならはっきり意思表示をしましょうね。



「12画の石」

 インカの石組み技術は高く、カミソリの刃も通さないといわれています。その例として良く挙げられるのが、太陽の神殿(現在のサント・ド・ミンゴ教会)と「12角の石」

12角の石 (*)
 教会が大地震で崩壊しても土台に使われたインカの石組みは無傷だったとか。今でもその様子を見学する事が出来ますが、本当にここの石の壁は滑らかできれいでした。

 「12角の石」の向かいにはレストラン「プカラ」のミキさんに教えてもらった「サビーノ楽器店」があり、本格的なフォルクローレ楽器が欲しいという方にはお勧め。


 土産物として売っている楽器は、見かけを良くするためにニスを塗ってあるので「演奏用にはならない。」のだそうです。 私がここで買ったのは、サンポーニャとチャクチャ(ヒヅメを集めてある楽器)で〆て15ソル(邦貨で約1000円)でした。



Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ

「ロレト(ローレット)通り」

アルパを弾くインディオ (*)
 クスコの街の路地はどこを歩いても感激ものでしたが、特に異国情緒タップリなのがこのロレト通り。物悲しい調べに誘われてふと曲がったのがこの通り。

 この写真はペルー大使館からお借りしたものですが、本当にこのままの景色?!彼の奏でるアルパを聴きながら、思わず「アー、異国にきているんだな。」


 今でもきっとこの通りでは、盲目のインディオがアルパを弾いていることでしょう。



「クスコ周辺の遺跡」

サクサイワマン遺跡 (*)

 クスコの周辺には太陽の祭りが行われることでも知られるこのサクサイワマン遺跡を始めとして、ケンコー、プカプカラ、タンボマチャイなどの遺跡が点在していています。遺跡は人里離れていているので一人を避け数人、又はツアーの利用をお勧めします。この時私が参加した3時間のツアーは、5ドルで市内と上記4個所の遺跡をまわってくれました。



Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ

マチュピチュ


 マチュピチュ行きのツーリスト・トレインはクスコ発午前6時。早朝の列車内は寒いことこの上もない。クスコの標高(3326メートルと富士山頂なみ)を考えると無理もないのですがなにしろ寒かった。寒いのが苦手なかたは手袋とマフラーなどの用意をされるといいですよ。

 1911年、アメリカ人ハイラム・ビンガムによって発見され、幻の空中都市とも言われているここマチュピチュ。誰が何の目的で造りどんな人々が住んでいたのか、今も謎のまま。でも、石垣の上に寝転んで、日本より数倍も高いと思える空を見ていると、そんなことはどうでもよいという気がしてきます。

マチュピチュ

(*)

 クスコからの1日ツアー(34ドルでした)だと見学時間が3時間ほどしかありません。 後ろ髪を引かれながらもガイド指定の時間に駅まで下りたのに列車がこない!そのうち一緒の列車で帰るはずのツーリストたちがゾロゾロと歩きはじめました。「???」
 私を捜しに来てくれたガイドさんの説明でやっと訳がわかりました。「土砂崩れでここまで列車がこれないので隣りの駅まで歩いて下さい。」

 日本ではお目にかかれないような濁流のウルバンバ川に沿って歩くこと20分。隣り駅アグアス・カリエンテスにつきます。名前でも推察できるようにここには温泉(入場料約100円)があるのです。といっても露天の温泉プールのようなものですので水着が必要。でもご心配なく、近くにはちゃんと貸し水着屋さんがありました(タオル込みで140円ほど)。 夕方までこの温泉を楽しみ、5時間遅れでやってきた列車に乗り込んでホッ。クスコ着が午前1時と、なんとも長い長い1日がこれでやっと終わりましたが、予定外の温泉に入れて「ラッキー」でした。

 1996年には土砂崩れで埋ってしまったというこの温泉、1998年1月に「復活していました。入って来ましたよ」とうれしいメールが届きました。5ソル(約250円)だったそうです。




Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ

チチカカ湖ヘ

 クスコからチチカカ湖畔の町プーノまでは列車で12時間、3000メートル級の高山地帯を走るというので楽しみです。下がそのツーリスト用特等車(Buffe)のチケットで30ソル、日本円で約2100円でした。

 7時の列車に乗るためまだ暗いうちにホテルを出て駅へ、なのに「列車がいない!」。いえ客車はあってもそれを引っ張る機関車が来ていないのです。7時が8時、9時になってもまだ来ない。他の人達は動じた様子も見せないので「まっ、そのうち来るでしょう。」とこちらもあまり深く考えないことにしました。結局、どこかの駅に止まっていた機関車が到着し、クスコを無事出発した時にはもう10時半をまわっていました。「やれやれ」。

列車のチケット

 ここでは特等車以外のクラスだと荷物を取られる心配があるというので、ほとんどの旅行者はこれを利用しているようです。この車両、出入り口は車掌さんが鍵をかけてくれるので荷物の心配をせずに停車駅で車外に出たりできます。それは物売りが車内に入ってこられないという事も意味しますから、停車駅につくと面白いんですよ。

 何がかといいますと、駅で待ち構えていた物売りのおばさん達が車両の上部にある開閉式の狭い窓(大きな方の窓は新幹線のように嵌め込み式でした)からセーター、帽子などを車内に投げ込む。気に入らなければ投げかえせば、すぐ別の品物が投げ入れられる。 この時のコントロールとタイミングが絶妙なのです。「お見事!」と言いたいぐらいにね。

 欲しい品物が手元にきたら窓越しに値段の交渉をして、お金を窓から渡せばそれでオーケー。これはゲームをしているようでなかなか楽しめました。

高山列車からの風景 (*)

 治安があまり良くないと聞くプーノに着いたのが真夜中。駅は停電でもしているかのように薄暗いし、得体のしれない人達がうろついているしでこの時は本当に恐怖を感じました。なるべく他の旅行者達と離れないように注意して宿捜しをしましたが、今思い出しても怖い。ここだけは少々高くついてもホテルの予約を入れて、駅までの迎えを頼んでおけば良かった。



Control Buttons 最初へ 前へ 次へ 最後へ


「ペルー編」の続き


ペルー編

「ペルー編」に戻る
日本編

「日本編」に戻る
海外編

「海外編」に戻る

Valid HTML 4.01 Transitional