トルコの国旗

トルコ



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ブルサでの出会い

 遺跡巡りに疲れたので、休養をとるために温泉があるというこの町に寄りました。今まで安ホテル泊りで倹約してきましたが、ここでは一番大きいケントホテル(1泊25ドル)に部屋をとり早速町に出ます。

 まず博物館に行きましたが昼休み。しかたなくドアの前に座り折鶴作りをしていると、小学生と思しき女の子達がやってきてしきりに話かけてくるのです。お互い全く言葉が通じないのですが「私の家にきて」というゼスチャーは理解できました。「OK!」。

 家に行くと、お母さん、大学に勤めているお父さん、隣に住んでいるお父さんの妹、そして近所の人達まで集まってきて大騒ぎになりました。歓迎してくれているのはわかるものの、なにせ一言も通じない。ここで通訳(?)役になってくれたのが中学二年生のギルダ、写真右端の背の高い子が彼女です。ジス・イズ・ア・ペン程度の英語力ですが辞書を片手に必死です。

ブルサの子供たち

 そのうち彼女は、私を泊めていいかと両親に頼み始めた様子。そしてニッコリ、どうやら「OK」されたようです。「ホテルに部屋をとってあるから」と言っても「それはもったいない。家に泊りなさい」。「今日は無理」と伝えたら「では明日の昼、ホテルに迎えに行きましょう」。

 翌日、彼らは本当に(お父さんも一緒に!)ホテルに迎えにきてくれました。その時途中の公園で撮った写真がこれ。私の「宝物」です。私の荷物を背負って誇らしげなギルダの笑顔が素敵でしょう。




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トルコの家庭夫人の日常生活

 翌日、お母さんとネルミン(お父さんの妹)が手まねで「出かけるから支度して」。ギルダは学校に行っていないので不安ですが、この際ついて行くしかない。どうやらバスに乗って誰かの家を訪問するようです。

 さあ着きました。玄関を入り居間のドアを開けると・・・、心の中で思わず「ワァー」と叫んでしまいました。広い居間には手に手に刺繍や編み物を持った女性たちが、壁を背にずらりと並んで座っています。その数二十名以上、「壮観!」の一言。

 ネルミンたちが中央に座っている年配の方に挨拶しています。郷に入ったら郷に従え、で私も"抱き合って両頬をチョンチョンとくっつける"トルコ式挨拶を一人ずつにして回りました。

 帰りには一人一人が「おみやげ」を私にくれるのです。ハンカチ・ネッカチーフ・靴下・・・、総て手作りの品物ばかり。翌日は別の家に行きやはり同様に手仕事をしながらおしゃべりをし、甘いチャイかトルココーヒーを飲み、これもまた甘いお菓子を食べ、手仕事をし・・・、で夕方まで。これでは太るはずですよね。でも「マッ、いいか」。ここは奥さんに何もさせず太らせる(?)のが"男の甲斐性"、というお国柄なんですから。

 数日間の滞在でかつての旅行では考えられないほどの物持ちになり、ブルサを発つ前にお父さんに手伝ってもらってダンボールで日本に送りました。




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温泉でベリーダンス

 「温泉に行きたい」というと「行こう、行こう」てな調子で、お母さん・ネルミン・近所のメタップと4人、お父さんの車で郊外の温泉まで送ってもらいました。体育館のような大風呂もあったのですが、私に気を使ってくれたのか入ったのは鍵付きの家族用です。

 こちらでは風呂といっても浴槽につかるわけではないので、下着(風呂用の黒のデカパンといったもの)は着けたままです。裸になると私がやせていると三人に大笑いされましたが、こちらは日本の普通サイズ。彼女たちが前述の生活の結果「トド」のような体型になっただけの話だと思うんですよ。

 さっぱりして外に出ると、太鼓の音と歓声が大風呂の方から聞こえてきます。「何だろう?」と入ってみると・・・、これも「アッ!」でしたね。広い脱衣所は湯上がりの女性でギッシリでまるでハーレム。外まで聞こえていたのは、太鼓に合わせて中央で踊っている人を囃し立てている声だったのです。

 「なんて上手に首とお尻を動かせるんだろう」と、次々に変わる踊り手を見ているうちに誰かが私に気がついて、とうとう人垣の真ん中に引っ張り出されてしまいました。数人が「こうやるのよ」とでも言いたげに回りで踊ってくれますが、あれは難しいんですよ。出来ても出来なくとも皆に大笑いされて、せっかく風呂に入ったのに汗をびっしょりかきました。でも、楽しかった。




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お魚を買いに

 私は肉類が苦手なので、肉がメイン・デッシュという海外に行くと食べ物に一番苦労します。ここトルコもご多分にもれず肉がメイン。シシ・ケバブ(ケバブは焼き肉のこと)は有名ですよね。

 この家に泊めてもらう事になった時「お肉は食べられません」とゼスチャーで伝えてありますので、スープと卵主体のお料理を作ってくれていました。ある日「ヨシコ、魚は好き?」と聞かれたので「イエス」と返事しましたら「ではこれから買いに行きましょう」。

 「トルコの魚屋さんてどんな風だろう?」と考えているうちに、車はどんどん山の中に入って行きます。「???」。30分以上も走ったでしょうか、着いた所は山間の鱒の養殖所でした。清流の水は冷たく澄んでいて、周囲の風景も日本ソックリ!

 と 「ヨシコ、どの魚がいい?」

 結局この日は3匹の鱒を買って帰りました。これだけでも感激屋の私は涙腺がゆるみかけているというのに、夕食に出て来た鱒のムニエルは1匹が私、1匹が両親、残りの1匹が子供たち用でした。申し訳なくてフォークを出せずにいると「早く食べて」と皆が催促します。一口、口にすると「食べた、食べた」と子供たちが大喜び。

 「卵以外に食べられるものがあって良かったね」という皆の気持ちが有り難すぎて、すぐお腹がいっぱいになってしまいました。




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あなたが好き

 「明日はイスタンブールに帰らなければ」というとギルダたちが泣くまねをする。「オーケー、もう一日ね」というとニッコリする。毎晩この儀式を繰り返して数日、「チケットの期限が切れてしまうから」と説明してやっとわかってもらいました。

そしてお別れの日、「日本のことは知らないけれど」とネルミンが言い出しました。

「YOSHIKO、あなたが好きだから、私たちみんな日本が好きよ」

 皆に見送られて私の乗ったイスタンブール行きのバスは出発。出会い、郊外の果樹園ににプラムを取りに行ったこと、ルナ・パーク、温泉でのベリーダンス、家庭訪問、鱒の養殖場・・・、この一週間のことを一つずつ、夢のように思い出していると周囲の人達が私をつつき「外を見ろ」と指差す。

 その指の先には、彼らの乗った車があるではありませんか。私が右側の席なのでバスを追い越しては路肩に車を止めてバスを待ち、私に手を振ってから又バスを追い越し・・・、となんと二時間もそれを繰り返して別れを惜しんでくれたのです。

「ありがとう! 私も皆さんが好き。だからトルコが好き」



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