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ベトナム |
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前夜ハノイを発った列車は約10時間かけ、朝6時過ぎ北部山岳地帯への玄関口ラオカイ(Lao Cai)駅に到着しました。改札にはゲストの名前を掲げたガイド達が待ち構え、砂糖に群がる蟻のように乗客たちを取り囲みます。数分もするとそれぞれのワゴン車におさまり、駅前は潮が引いたように静かになりました。猫も杓子も「いざサパへ」。
トレッキング開始直後、振り返って見たサパの美しかったこと! 市街地を抜けるとすぐ山道に入り、車はグイグイ高度を上げていきます。1時間後、標高1600mのサパに到着しました。 ホテル(と言うかゲストハウス)には既にトレッキングガイドが待っていて、身支度を整え朝食(パンとホットミルク)を取るとすぐに出発。考える間もなく、ベルト・コンベアー式に事が運ばれるのってちょっと苦手なんですが、ツァーに参加した以上仕方ないですね。
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ポーターはモン族の少女達 リュックは自分で背負って行くものと思っていましたが、ホテルの外にはポーター役のモン族の少女2人が待っていました。どのツァーもそうなのか、私が「体力がないから」と申告していたから手配してくれたのか、その辺のところは不明ですが、ガイドと2人で歩かないで済むので助かりました。
歴史エリアへのゲート : 入域料は大人5000ドン さて、では出かけましょうか。右手に深い渓谷、その奥に連なる山々を眺めながら、しばらくは車道を歩きます。このあたりから見るサパの町は思わず「息を飲む」ほど、ですから皆さんも振り返ることを忘れずに。数分も車道を歩くとやがて前方に何かが見えてきました。これが歴史エリアへの入り口、入域料徴収所でした。
校庭で子供達が遊ぶ、山肌に貼りつくように建てられた小学校 ゲートを過ぎる辺りから、民族衣装で籠を背負い、糸を紡ぎながら歩くモン族の女性達が見られるようになりました。周囲の景色にも人の気配が濃厚になってきて、映画の中のワンシーンに放り込まれたような気持ちになってきました。 |
右手にこの棚田が見えてきた時、思わず足が止まりました。音楽でも聞こえてきそうな妙なる曲線は、村の人たちが長い年月かけ築き上げてきた生活の証。うっとりと眺めていると「さあ、これからあの村に行きますよ」とガイド氏。ここが最初の訪問地、ラオチャイ(Lao Chai)村でした。
急な斜面につけられた小道を、山腹にある小学校や民家を見学しながら降りて行きますと、下の広場に人が集まっているのが見えてきました。「何か集会でもあるの?」と聞くと、「あなたを待っているんですよ」。「エッツ!?」。 ガイド氏の言うとおり、それは自分達の作った手工芸品を売りつけようと、観光客を待ち構えていた村人達でした。 ここから先はどこに行っても、それぞれの作品を手にした彼らの猛攻撃が待っています。民芸品は大好きですから、見るもの見るもの欲しくなりましたが、買えばその時点から自分で持ち歩かなければいけません。まさかこんな状況とは知りませんので、既に先の民家で一枚購入済み。残念ながら2枚目以降は諦めました。
ラオチャイ(Lao Chai)村の売り子さんたち でもこのおばあちゃんの作品、色合いも図柄もまあまあで、できたら買ってあげたかった。ちなみにベットカバー大の刺繍布で10ドル、約1200円ほどなんですから安い。次にチャンスがあったらトレッキングではなく、布の買出しに来たいものです。
タ・バン(Ta Van)のあぜ道を行く村人 一山越えると、ザイ族の住むタ・バン(Ta Van)村。宿(民家)に荷物を置いて、村の見学に出かけました。中でも一番気に入ったのが、人の通行が見渡せるこの場所。村には車の走れる道路がないので日用品や食料品は、対岸の自動車道から人の背で運ばれるのだとか。背負子にダンボールを積んで歩く3人の姿は牧歌的で、その姿が消えるまで眼を離すことが出来ませんでした。 |
棚田に映える夕日 だんだん日が傾いてきましたので、今度は夕焼けが映りそうな水田を探し、一番広々としていたこの場所に決定。アヒルの群れが棚を移動しながら餌をついばみ、子供達がデジカメを物珍しそうに覗きながら通り過ぎる。時間が止まったような、夕暮れの一時でした。
この村の周辺は竹林が多く、この民家の塀も竹垣でした。しおりど(枝折戸、又は柴折戸)を押して中に入ると、きれいに掃き清められた庭では鶏が遊び、入り口横の土間では老人がお茶を飲んでいる。数十年昔にタイムスリップしたようで、なんだかとっても懐かしい。
どこか懐かしい今日の宿 「民家に泊まる」と聞き、どんな場所かと不安でしたがそれは杞憂に終わりました。別棟のトイレは水洗で、隣にはシャワールームも設けられています。泊まる部分は吹き抜けになった家の2階、板敷きの屋根裏部屋です。他のお客さんと雑魚寝になりますが、寝具は清潔でしたし個別の蚊帳が付いていますので、私のように一人で参加してもそう苦にならないと思います。 |
2日目の朝日
自作の布を抱え、「いざ出陣」(?)の女性達 朝日の撮影を終えた頃、村の高台には10名を越える女性達の姿。単におしゃべりしているだけかもしれませんが、まるで"売り込みの作戦会議"でもしているかのように見えてしまいます。その内手に手に自作の布を抱え、一人二人と村の各方向に散って行きました。
こんな道を歩いていきます 宿に戻って朝食を済ませ、2日目のトレッキングの開始です。今日は同宿だったニュージーランドの一家3人、イギリスとドイツの女性達、と同行6人。タ・バン(Ta Van)村で泊まっていた他のツァー客も一斉に行動を開始、しかも休憩場所がほぼ同じ(景色の良い場所になりますから)とあって、様々なグループと抜きつ抜かれつ状態でのトレッキング、これもまた楽しかったですよ。 |
左手は、最初に訪問したラオチャイ(Lao Chai)村のモン族の婦人。彼女の作った刺繍の布を14,000ドン(9ドル)で買いました。その布からは、今でも焚き火の匂いがして、あの家の土間を思い出させてくれています。
夕日の撮影をしていた時通りかかったのが、右手の少年。デジカメに非常に興味を示し、何度も自分を写させては喜んでいましたっけ。中央は、泣く子をあやしていた少女達。カメラを向けたらびっくりして、赤ちゃんが泣き止んでしまったところです。
"語らい"
左は、川沿いのあぜ道を、先頭で歩いていたザイ族の老人。中央は、2日目の昼食場所付近の河原で、達者な英語で話しかけてきたモン族の少女。上は、同行のドイツ女性と彼女がおしゃべりをしているところです。右手の少女の服装は…、ヤオ族だったかな? |
2日間のトレッキング、最後の訪問地は"滝" これから下に見えている川を渡り、ジープの待つ道路まで歩きます。
この橋を渡れば、車と電気の世界に戻ってしまう 「帰りたい帰れない」ではなく「渡りたくない」気分でした。
右手の山麓を2日かけて歩いたのですが、 ジープに乗ると、数十分でサパの町に着いてしまいました。 この日はあちらこちらで、工事のための足止めにあいました。2003年11月現在、周辺の村々への道路整備が急ピッチで進められています。少数民族に対する政策の三本柱が、道路整備・病院の設置、そして学校教育の普及だからだそうです。「次にサパに来る頃には、快適な道路になっていますよ」とガイド氏。道路が整えば村の様子が変わるのは必至。「あの村人達にどんな生活が待っているのかしら」、と一人一人の顔を思い出してしまった旅の終わりでした。 |
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